yet also part of an infinite process.
we eat and complete the meal, yet we will eat again.
行動/活動とは完成した過程の一部である。
しかしながら、永遠に続く過程の一部でもある。
お腹いっぱい食べた。美味しく満足する食事を終えた。
しかし、面白い事に、数時間後?翌日には、
又、お腹がへり、完了したと思った食事を、再びとるという行動を起こす。。。
うちの母が良く言っていた。ばあちゃんもよく言ってたなあ。
「ああ、せからしかね。今日は何にしようかね?、いっちょんすかんねえ!」
(訳:ああ、面倒だな!今日のおかずは何にするかな?嫌だね!)
今晩のおかずは何にするか?メニュー献立にあれこれ。。。
主婦/主夫、だれでもある事かな?
私は帰省し、そう耳にした時、母にいった。
「ねえ、お母さん。ご飯を食べるって、一生続くよ。
食べるって、呼吸するように、
自分が何処に行こうが、一人になろうが、生きている間はずっと続くよ。
だったら、折角だから、楽しんだらどう?
今日は何にしようかなあ?ワクワク楽しいんだ方がもっと美味しいよ。」(^_-)☆
母は娘の一言に、感動/納得したようで、依頼料理教室に通って、料理献立どころかお友達まで沢山つくって、健康志向とか、果てまて他のサークルに参加したり、凄く生きることを楽しむようになった。
娘として、嬉しい限りであった。(^O^)/
掃除や洗濯も一緒。面倒と思えば面倒になる。
しかし、服や部屋も「私みたいに美人になっちゃうよ~、綺麗になっちゃうよ~!」

そう楽しく考えれば、全部がルンルン気分になっちゃう。

食事が一つ終わった。
掃除洗濯が一つ終わった。
しかし、又、部屋も服も、相も変わらず再び汚れてしまう。
同様に、仕事でも、一つの課題が終わった。
しかし、終わりは始まりであり、再び、次の仕事が始まる。
今日が終われば、又明日。明日という今日が終われば、又明後日。。。に続く。
何と云うのかな?本で例えれば、一章が終われば、次に二章が始まる。
二章が完結すれば、第三章がスタートする。
終わりに見えるけど、全てが過程の一部。
生きるとは同様な事。
だったら、その過程を楽しんだらどうだろう?
家庭や職場の仕事にしても、社会で生きる上で色々あるかもしれない。
だけど、嫌な家庭なら捨てる?
仕事は大変だから、もう働かず放浪生活する?
だけど、そうせずに、日々家事や育児したり、職場に通い、そして働き続ける、
本当は自ら望み、自ら選択しているから。。。
自分で選んだ過程、
一見ご飯終了に見えても、又、腹が減る!
60歳でリタイアし、一つの区切りで完了したように見えても、息する事はまだまだ続く。
死んであの世に行こうが、その御魂磨きはずっとずっと続く。。。
永遠に続く過程、
ならば、目先の些細な出来事で一喜一憂することなく、
むしろ長い目で、おおらかな気持ちで、
その「過程を楽しむ」。
そしたら、一つ一つがもっと良い結果に導くと思うよ。(^_-)☆
「遊び心/自分が楽しむ理由」記事へ、話しは続く。。。
凄くハッピーラッキー最高にツイている!
自他共に心豊かにキラキラ笑顔で光り輝く素晴らしい日々に、
全てに感謝いたします。いつも本当にありがとうございます。
emi ^^

