食べることは生きること。
美味しい食事が生きていく上でいかに大切か。
いま健康な人には
“食事が美味しくない、楽しくない”
“食べたくない、食べられない”
という日が
いつか来ることを想像できません。
母(88)を見ていると
いろいろと身につまされます。
その意味では、
自分に来るだろうその日々を
シミュレーションしていることになり
母には感謝するべきなのでしょう。
母は料理上手だったし健啖家でした。
その母が
食べることに愉しみを見いだせなくなっています。
ひと言で言えば
「サ高住の食事が口に合わない」
住人たちはおしなべて高齢者なわけですが
元気に自立しているお年寄りは
食堂のお世話になりません。
外食にも出かけられるし
デパ地下で美味しそうなものを買って来ることができます。
しかし体調に何かしらの問題を抱えている住人は
サ高住で提供される食事に頼るしかないのです。
その中には
糖尿病治療中の人もいれば
高血圧症治療中の人もいれば
嚥下や咀嚼に問題のある人もいれば、
骨折で不自由なだけの人もいます。
その全員に見合ったメニューや調理法があるはずないのは自明の理。
とは言え、
食べる本人たちにしてみれば
「何でも薄味」
「何でもぐじゃぐじゃトロトロ(柔らかい)」
「何でも刻みすぎ(素材不明)」………
となるそうで。(母談)
母も同様です。
けっこう好き嫌いがある上に
食欲もない。
「どうするから、あんなに不味いものが作れるのか解せない」
とまで申します 
食堂が不味いから食欲がわかないのか
食欲がないから美味しくないのか
本人は分からないとも言います。
(私はウツのせいもあると考えていますが)
手指が不自由で
包丁を持ちたくない母です。
つまり提供されるものを受け入れるしかないのに
ジタバタしているわけです^^;
先日テレビで見たお惣菜の宅配便、
というのを
試しに使ってみようかとも思いました。
今は何社もあるみたいだし。
でも、きっとそれも気に入らないんだろうなと思います。
だってかつて
お弁当宅配も
有名料理人監修の冷凍お惣菜宅配も試しましたが
全部 却下でしたから(´ε`;)
そして最終的に私が考えたのは
私が作って食べているもの(写真)を
多めに作ってクール便で母に送る、
それしかないのかも、ということでした。
で、クール便の送り方などを
ググってみています(イマココ)。
ただ、それを当てにされても困るんですよね。
私が縛られるから。

