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JIDAIの「食べて」「動いて」「考えて」

〜マイムから心と身体の平和を〜心態表現としての身体表現「オーガニックマイム」を主宰しています。

解放するもの


抑えるもの


この両者がバランス良く働いてくれることは重要。


いえ、バランス良くといいますと、
何だか解放したり、抑えたりという
シーソーのようなことになってしまいそうですけれど、
解放の中に抑えがあり、抑えの中に解放があり、
その中でより解放なのか?より抑えなのか?

ということが大事ということなんです。



例えば、感情表現でいいますと、
どうも解放された表現が好まれるような傾向があるように感じますけれど、
私は抑えの内在に、もう少し意識を向けてもいいんじゃないかと思うんですね。


分かりやすいところですと、
「泣く」場合、
私たちは普通泣こうと思って泣くわけではなく、
思わず泣いてしまうか、あるいは、泣かないようにしているのに泣いてしまうか、
といった感じですよね?


それを、表現の場に立ってしまいますと、途端に泣こうとしてしまう。。。

感情の解放ばかりに意識が向かってしまうんですね。




身体の使い方の方ではどうでしょう?


解放ばかりに意識が向きますと、野球やテニスなどで肩や肘を痛めることになる。

踊りでは、軽い踊りになってしまう。
(軽やかという意味ではなく、軽薄という意味で。)


かといって、抑えが利き過ぎてしまいますと、
こじんまりとした感じになりかねないですし、
踊りの場合ですと、窮屈な感じになってしまうかもしれないですよね。


・・・いや、ここは言い方が難しいところですね。


こじんまりとか、窮屈といいますのは、
抑えが利き過ぎているというよりも、
ただ出せていないだけ。出せるものが無いだけ。



ここは、感情表現も同じ。

抑えているというより、出せるものが無いというということがあります。



ですから、大抵の場合はまず解放、出せるようにしていくのは大事だと思います。


私の場合も、特に感情におきましては、
元来とても苦手な分野で、全く出すことが出来なかったものですから、
出せるように訓練を積んだんですね。


身体の方はといいますと、
マイムというものがダンスのように発散型ではないので、
抑える方に傾きやすい傾向にあるんです。


けれど、解放のないところに、抑えもなにも無いわけで
やはり解放して動けるようにすることは重要でして、
意識的に取り組んでいるんですね。



そんな中で、解放と抑えの関係性を大事にしてきたんですけれど、
さらに、ある1つの大きなことに気がつきました。


それは・・・



身体全体を見た場合に、
解放の強いところと、抑えの強いところというように、
大きく2つに分けることが、まず大事になってきながらも、
その解放系の中での解放と抑えが存在し、
抑え系の中にも解放と抑えが存在する。
といいますか、存在させる。



そうすることで、
解放と抑えの行き来の波が、
単一のものではなく、
波と波が立体的に交錯するといったらいいんでしょうか・・・


別の言い方をしますと、
人工的ではなく、まさに自然!
という感じです。



川でも湖でも、
大きなゆらめき(波)の中に小さなゆらめき(波)がたくさんあるんですね。
きっと、その小さなゆらめきの中にも、肉眼では見えない、
さらに小さなゆらめきがあるんだと思うんです。


そんな感じで、
一見大きな動きの中に、それを構成する小さな動きがあり、
さらにそれを構成する、より小さな動きがある
という感じです。


そして、
自然界の波のエネルギーが大きさを生み出すために、
深さを必要とするように、
身体も抑えの強さが解放のエネルギーを高めてくれるのだと思うんです。


その意味では、解放系の人は抑えを学ぶことで、
根っこの無い解放ではなく、真の解放になるのではないかと思うんです。



つまるところ、解放と抑えの両方の訓練が必要でして、
それも、両者の深い結びつきを理解して行なうことが重要ということなんです。


ただ、私のこの解放と抑えという考えの中に、
開く OUT/閉じる INというものも含めているところがありますので、
多分上手くはお伝え出来ていないところはあると思います。すみません。。。



さて、私自身今まで大事にしていた意識で、
かなりいけているのではないかと思っていたのですが、
けれど、年の初めの稽古で、衝撃的に見えたものがありまして、
これによって、また随分と動きの質が変わると思います。


まだまだ未熟だなぁと思う一方で、少しばかり、自分に期待しています(笑)



今年もよろしくお願い致します。




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これを読んで下さっている方の中ではフラメンコをされている方、
あまりいらっしゃらない気がするんですけど、
皆さんはフラメンコという踊りに対してどんなイメージをお持ちですか?


情熱的で力強く、手先まで美しく螺旋のように伸びていく・・・
という感じでしょうか?

かっこいいですよね。


私は全く経験がないのですが、
そんなフラメンコの方の個人レッスンをさせてただいて、1年ほど経ちました。


基本的な身体の使い方のレッスンもするんですけど、だいたいは


「こういうフリがあって、私は上手く出来ないんですけど、

どうしたら出来るようになるんでしょう?」



う~ん、、、
こちらとしては上手く出来ているものがどんなものかが分からないので、
どうしよう?

という感じなんですね。



「先生は、こうなってはいけないって言うんですけど、

どうしても、そうなってしまうんです。」



つまり、その生徒さんの見せてくれる良くないらしい動きと、
フラメンコの先生の指導の際の言葉を頼りに、
本来の求められている動きを出来るようにレッスンしていっているんですね。



ある時は、足のステップでした。


マイムは踊りではないので、ステップというのはかなり未知な世界です。。。



ちなみに、どんなステップかといいますと、
足を一歩前に強く踏み込むようなもので、
その前足は膝を曲げたつま先立ちといった感じです。


そのステップ、普通に真似しようとしますと、
どうしてもちょっと前のめりな感じになってしまうようです。

その生徒さんに限らず、みんな苦労していると。



で、先生は


「前に行くな!」


と。


けれど、前に行かないでは、弱々しくなってしまう。。。



・・・分かります。

こういうのって、本当にどうしようもないですよね。


フラメンコ独特の動きでありながら、フリというほどのものでない。

ある意味、基本。


基本であるが故に、多くの先生たちは、
自身がいつの間にか身につけてきてしまっていて、
指導のしようがないことが多いですし、そこのところにあまり時間を掛けられない。(そんなことしていますと、フリが進みませんからね。)


で、生徒さんたちは、出来ていないのを分かりながらも、
なんとなく先生の動きの印象を頼りにやっていくしかないわけです。



そういった中、私の個人レッスンを受けられている女性は、
そんな状態の踊りでは満足出来ないと、解決策を見つけようとされている、
とても志の高い人なんですね。

私も精一杯、その期待に応えたい。



ということで、この時は、
足裏の使い方と後ろ足への意識を試してみてもらいまいした。



・・・素晴らしいっ!!!

とてもいい感じで、踏み込めます。



本人もびっくりすると共に、大喜び!



このステップ、先生の言う本来の動きは、
重心はほとんど移動していないものだと思うんです。
けれど、足は前に踏み出す。
そして、何より前方にバッとエネルギーが飛んでくる感じなのでしょう。


ですから、真似しようとしますと、
その前方へのエネルギーを出そうと、どうしても前のめりになってしまう。

ところが、前に出てはいけないと言われ、前のめりにならないようにすると、
今度は、後ろに残ったまま足だけの動きになってしまう。

気持ちはよく分かります。


これは、フラメンコに限ったことではないのですが、
私たちはどうしても動きが2次元、平面的であるがために、
エネルギーを生み出そうとしますと、直線的な距離を必要としてしまう。

(パンチを強く打とうとすると、一度、拳を思いっきり引いてしまうように。)


ところが、このステップ、それでは力が流れてしまうんですね。


そこで、このフラメンコのステップでは、
3次元、立体的な動きでエネルギーを生み出すようにしてもらったということなんです。





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歩く・・・
簡単なようでいて、とんでもなく難しく、
けれど、
難しいようでいて、とんでもなく簡単。


歩き方を習おうとしますと、
正しい歩き方なんていうのが頭をもたげてきますけれど、
何に対して正しいのか?はとっても重要ですよね。


まず、
人に見せるための歩きなのか?
全く見せることは無視した歩きなのか?

ということで、随分変わってきますよね。


バレエやモデルのような分野から歩きを捉えますと、
出来るだけスーッと縦長な感じ(強いドローインのような)がいいでしょうし、
膝も伸ばす意識が大切になってくると思うんですね。


けれど、武術のような分野では、
仮に同じ縦長だとしましても、もう少しリラックスしているでしょうし、
膝は曲げ気味になってくると思うんです。


(相当、大雑把な話ですね。。。)




それと、歩くというのは重心の移動が大事だなんて言われますでしょ?

よくありますのが、体を真っすぐにしたまま前方に倒れるようにすると、
自然に足が一歩出て、それを続けていくのだと。


そんなことあるはずないのですが、確かにこれと似たような感覚で、
後ろ足を残すように歩く歩き方と、
それとは逆に、
後ろ足を残さない歩き方というのがあるんですね。


ちなみに、足の親指あるいは母趾球で地面を蹴るように、
といったものは後ろ足を残す歩き方になります。
(膝は伸びる感じですね。)



さらに、軽やかに歩くのか?重さを持たせて歩くのか?
ということもあると思うんです。


またまた、大雑把な話になってしまいますけれど、
西洋的なものは軽やかさ、上方への意識を大切にし、
東洋的なものは重さ、下方への意識を大切にする傾向があります。


ですから、同じ躍りでもバレエは床から離れよう離れようというように踊り、
日本舞踊は床に吸い付くように吸い付くようにと踊りますし、
格闘技系でもボクシングなどはフットワークで軽やかに動き、
武術などは腰の重さと共に地面を滑るように動きますでしょ?



同じ歩くという行為でありますのに、
全く違う行為のようにも思えてくるほどですから、
自分の歩きたい歩き方で歩けばいいとは思うんですけど
、私はこのマイムをやっている以上、やはり歩きにはこだわりを持ちたいんですね。


舞台で何が一番難しいって、それは「立つ」「歩く」なんです。


その誰もが出来る最も何でもないところが、
何でもないが故に、全てが出てしまうわけで、
私なんかは、舞台を観に行って、その人が出てきた瞬間に、
見る気が出るか失せるかが、ほぼ決まってしまうんですね。

(もちろん、見る気が失せるような感じでも、
振り付けやアイデア、エネルギーなどはまた別ですから、
それはそれで圧倒されることも多いんです。)



で、私は見せるというこを大事にしながらも、
武術的な、人に見せることではなく、
ただひたすら戦闘行為としての必要性から生じた重心移動としての歩きというものの、

共通性

を見出したいなと思ってるんですね。



そうやってずっとやってきまして、私なりに今時点で分かりましたことは、
一言でいえば、見せるための歩き方を武術的な力の使い方で行なうことが
可能だということなんですね。


それは例えば、
後ろ足を残すような歩き方でも、残さない歩き方でも、
同じ歩き方(力の使い方)で行なう
ということなんですね。


そうしますと、
重さの中に軽さのある歩き、軽さの中に重さを持った歩きが可能になるんです。


ちなみに、重さのある歩きに軽さが無いものは、ただ鈍い動きになりますし、
軽さだけで重さの無いものは、、、う~んんん・・・これは、好みかなぁぁ?
浮き足立った感じになりやすいんですよね。



と、私自身はこんな感じで歩き方を捉えていまして、
日常生活ではこの根本原理を保ちつつ、
いくらか変化の幅を持たせて楽しんでいる感じです。



ところで、最初に、「歩くのは簡単なようでいて、とんでもなく難しく、けれど、難しいようでいて、とんでもなく簡単」と言いましたのは、
歩き方を意識すると難しくなり、
ニュートラルに立てていて、ただ気がついたらそこにいた、
という感じの時の歩きは、たいがい良い歩きだということです。


その自分で意識せずに移動してしまっている時の歩きを、
意識的にいつでも再現し、かつ人に見せるものとしても成立させたいですし、
出来るということなんです。

(ただの私の勘違いかもしれません笑)


もちろん、これも精度の問題で、
私の歩きの研究、修行は一生続かざるを得ないんだろうなぁ、という感じですね。



そうそう、最後にひと言。

特殊な場合を除いてはドローインという考え方はしませんし、おすすめもしていません。


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動きのことって、言葉にしづらい。


指導されている方は、皆さんそう思っていると思うんです。


教わる側も、先生の言っていることがよく分らなかったり、
言われた通りにやっているのに、どうして上手くいかないんだろう?
ということ、多いと思うんです。



身体の中のあちこちで、同時にいろいろなことが起きているにもかかわらず、
言葉は時系列で順番にしか語れないんですよね。


しかも、あちこちで起きていると言いましても、単独ではなく、全てがひとつに繋がっていますから、
どこかに変化を起こすということは、他の全てに変化が起きるということなんですね。


それが、物凄いスピードで起きているわけですから、とても言葉(思考)は追いつかない。。。



それを、理解しやすくするためにと、
特徴的な動きや形(姿勢、ポジション)に意識を向けてしまいますと、
それは途端に、あるいは徐々に、全く違うものになってしまうんですね。




例えば、あるレッスンで


「そうですかぁ、肘を絞るってことなんですね。」


という言葉があがったんですね。



確かに、肘を絞るような感じなんです。
その感覚はある動きだったんです。


けれど、そこにだけ意識が向いてしまいますと、似て非なるものになってしまう。
その声をあげた人も、やはり違うことになっていました。


ですから、



「いえ、そうではないんです。」


「自分の分る言葉に置き換えてしまわないほうがいいですよ。」


「動きに意識を向けて下さい。」



と言いました。



難しいですよね。こういうのって。。。
動きに意識を向けろって言われてもなぁ、という感じだと思うんです。



なので、私は出来るだけ負荷を与えた状態で動いてもらうようにします。


負荷を与えますと(自分の体重だったり、誰かに押さえてもらったりなど)、
その動きが出来ているかどうかが、簡単に本人が自覚出来るんですね。


先の人も、負荷があればそれなりには出来るんです。


もちろん、肘以外のポイントも伝えながら、実施してもらっていますしね。


そうやって、身体の理解を深めていき、
負荷が無くても再現出来るようにしていければいいと思うんです。



まぁ、それでも気を付けないといけませんのが、
負荷をかけることで、今度はその負荷に対抗しようとして、
おかしな(その人のそれまでの方法)力の入れ方をしてしまうこと。
本末転倒ですものね。



さて、この時のレッスンでは同じ力の発生方法が、
バレエや日本舞踊の美しいポジションや空手の突き、テニスやバドミントンのスイング、
全て同じことだということを少し体験してもらいました。
マイムの「カベ」や「ストップ!」のジェスチャーなどの質が変わることも!



全ては同じです。美しさも強さも、表現も。

だからこその根本原理。



形は作るものではなく、成るもの。


その「成る」ための方法を伝えていますし、掴んで欲しいと思います。



そして、何より、根本原理が分れば分るほど、日常生活でも他の分野にでも、
いろいろに応用できますから、楽しみが増えますよ!






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ミュージックビデオに出演させていただきました。


力強い素敵な歌です。

ぜひ、シェアして下さいね。



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