ツバメ・燕 (1)
「スズメのアラブ民族誌(8)」
キーワード:
ツバメはスズメ目ツバメ科 我が国のツバメ 「旅のつばくろ」
アラブ世界にもツバメ目の仲間多し、
学名が異なるのが5種 英名は3種 アラブ世界のツバメの名称(亜名)も3種
ツバメ3種の名称分析 海鳥アジサシはウミツバメ ツバメの別名3種
ツバメの身体部位の俗信とkhawaass(民間療法) 「ツバメの糞」とその効用
「ツバメ石」Hajar al-Simuumuu信仰 「黄疸石」Hajar al- Barqaan
ツバメの生殖、成長、死
鳴き声 「朝告げ鳥」 讃美歌を歌う
アル・アジーズ・ル・ハキーム(al-Aziiz al-Hakiim偉大にして賢きもの!)
ソロモンとツバメ
性格・性質 警戒心が強い 雷を怖がる 天敵は蛇・コウモリ
人にはなづく、それは人間の創造アダム以来
イスラム法のフクム(可食か不可食か) ツバメはハラーム(不可食)
ツバメ全体について
ツバメは分類学上スズメ目ツバメ科ツバメ属に分類される鳥類である。それゆえ大きくスズメの一種、ないしその延長と捉えて論を進める。ツバメはわが国では、留鳥であるスズメと異なり、一年中みられる鳥ではない。南国の鳥であるが渡りをしてわが国にも夏季やってくるので、馴染みである。
漢字では、燕、玄鳥、乙鳥などとされる。我が国では古くはツバクラメあるいはツバクロと呼ばれた。三度笠にカッパ姿で街道を渡り歩く渡世人を「旅のツバクロ」などと言っていた時代もある。
幼いころ聞いていた歌に「旅のつばくろ」の歌があり、小林千代子が歌って、田畑義男がヒットさせた曲がある。作詞は清水みのる。作曲は倉若晴生であった。 また歌詞の中に「♪旅のつばくろ寂しかないか♪」との文句で惹きつけた美空ひばりの歌がある。こちらは1990年2月レリースされた西城八十作詞、吉田正作曲の「サーカスの歌」であり、サーカス団、いわば旅回りの一座で、団員の心を美空ひばりが歌っている。サーカス団もまた巡り巡る遊牧民ならぬ遊技民であった。
世界には、約80種類ほどのツバメの種が知られている。日本には夏鳥として繁殖のためにやってくる渡り鳥であり、また日本で見られるツバメのなかまは、ツバメ、イワツバメ、コシアカツバメ、ショウドウツバメ、リュウキュウツバメの5種類とされる。
アマツバメのなかまでヒメアマツバメも生息するが、ツバメとはだいぶ形態、生態は異なるので亜種とされている。{沖縄であったか、奄美諸島であったか真冬の1~2月に旅した時、ツバメの飛来するのを見て(それも一羽でなく多くの)、このくらいの暖地になれば越冬もするんだ、と驚いた思い出がある。上に述べたほかの種、たとえばリュウキュウツバメであった可能性もある}。
アマツバメの仲間は、腹が黒いことで見分けられる。白い腹はツバメ科共通でも、のどが赤いのはツバメとリュウキュウツバメだけだとして、同定の目安とされる。
アラブ世界のツバメの仲間
ツバメ科には仲間が多く、アラブ世界に限っても、学名が異なるのが5種ある。
1 Hirundinidaeeツバメ
Hirundo rustica ツバメ(直義は「田舎ツバメ」)英名Swallow、Barn Swallow
亜名al-Sunuunuu わが国のツバメと同種、エジプト種は特に赤が目立つ。
Hirundo daurica 腰赤ツバメ 英名Red-rumped Swallow
亜名al-Sunuunuu al-Ahmar al-“Ajuz
2 Ripariae ショウドウツバメ
Riparia riparia ショウドウツバメ 英名Bank swallow, Sand martin
亜名 Khuttaaf al-Shawaatiyy、Khuttaaf al-Rimaal
3 Apodidae ヤマツバメ アマツバメ
Apus Apus ヤマツバメ 英名Swift、 亜名Samaamah al-I”tiyaadiyyah
Apus melba アルプスヤマツバメ 英名Samaamah al-al-Suruud,or al-Jibaal
Apus pallidus ウスアマツバメ 英名Pallid Swift 亜名Samaamah al-Baahitah
Apus berliozi ヒメアマツバメ 英名House Swift 亜名al- Khuttaaf
{Apus pacificus アマツバメ、我が国のアマツバメとは異種か、直訳は「太平洋ア
マツバメ」 もこの一種とされるが、分類学上は、鳥綱アマツバメ目
(ヨタカ目とする説もあり)アマツバメ科アマツバメ属に分類される}。
4 Delichon イワツバメ
Delichon urbica イワツバメ 英名House Martin、
亜名 Khuttaaf al-Manaazil、Khuttaaf al-Dawaahiyy
5 Ptyonoprogne チャイロツバメ
Ptyonoprogne rupestris イワチャイロツバメ 英名Crag Martin
亜名Khuttaaf al-Sukhuur or al-shawaa
Ptyonoprogne fuligula アフリカチャイロツバメ 英名African Rock Martin
亜名 Khuttaaf al-Shawaahiq(<Shawaahiq<shaahiq lofty,high)
アラブ世界に見られるツバメの英名は3種とされる:
Swallow:ツバメの総称語 学名1
Martin:学名1のほかのイワツバメ類他の用語とされている。
Swift; 学名3のヤマツバメ類に用いられる。Pallid Swiftなどswiftの名の通りツバメの中では
最も速いのであろう。
アラブ世界のツバメの名称(亜名)も3種である:
1 フッターフ al-Khuttaaf 英名Swallowと同様「ツバメ」の総称。以下に見るように種類や亜
種名称にも「~~ツバメ」はKhuttaaf~~と称される。
2 スヌーヌー al-Sunuunuu ツバメ、本ツバメを主として対象。
3 サマーマ al-Samaamah ヤマツバメApodidae を主として指して言われる。
上図 オマーンに見られるツバメ類3種 枝に止まった姿と飛行する姿。
1 Delichon urbica(イワツバメ) 、英名House Martin, 亜名 Khuttaaf al-Manaazil(イエツバメ)12.5cm、
2 Hirundo daurica (コシアカツバメ) 英名Red-rumped Swallow、亜名al-Sunuunuu al-Ahmar al-“ajuz (コシアカツバメ)、18㎝
3 Hirundo rustica(ツバメ)、亜名 al-Sunuunuu(ツバメ) 19㎝
M.Jaalaahir &M.Wadkuuk 著Tuyuur “Umaan『オマーンの鳥類』Quarted books Limited(London)1980, p.209
アラブ世界のツバメ3種の名称分析
1 フッターフ al-Khuttaaf:別の読み方としてハッティーフKhattiifとも。[早く走る・飛ぶもの」、「素早く奪うもの」である:別の読み方としてハッティーフKhattiifとも。[早く走る・飛ぶもの」、「素早く奪うもの」である。いずれも語根動詞√Khatifa「素早く走る、飛ぶ、素早くひったくる」などの意味を実現している。スイスイと速い速度で飛行する。そして嘴は小さいのに、口は大きく開けることだできて、空中の飛んでいる虫やウンカなどを奪取して捕食する。時には「強奪」の意味も加わり、ツバメの民族的意味合いを広めている。ツバメKhuttaafの複数形はハターティーフKhataatiifとされる。
2 スヌーヌー al-Sunuunuu「高く飛ぶもの」:この語の形態は特殊であり、本来ならば語根は√s/n/nであるが、語根子音は√s・n・wまたは√s・n・yとされる。したがってSunuunuuの語根動詞は√sanaa< sanawa,sanaya とされている。そしてその意味は「高位にある、上る、登る、昇る」であり、やはり<飛行>は地界でなく、天界であり、ツバメはのびやかにそして速やかに飛ぶさまが浮かぶ。また地界であっても地面よりは高い空間を飛ぶことが意味関与していよう。
3 サマーマ al-Samaamah「迅速・敏速なもの」:この語の語根動詞√samma<samamaには「程度において激しい、迅速・敏速である、速攻・即効・即効である」の意味があり、他の鳥と比してもその飛行の速さが群れを抜き、注意が喚起されき、名詞サマーマsamaamahと派生して命名されたと思われる。Samaamah pl.samaa’im ヤマツバメ(鳩の一種?)124-45 Apodidae Apus melba,Swift、
なおヤマツバメApodidae Apusの類はすべてこの3サマーマSamaamahに後接語が付す語形態をとっている。アラブ世界にはヤマツバメSamaamah に5種ある:
Samaamah al-I”tiyaadiyyah 並ヤマツバメApodidae Apus
Samaamah al-Suruud (寒地ヤマツバメ/ハイタカヤマツバメ) Apodidae melba
al-Samaamah al-Falastiiniyyah(パレスチナヤマツバメ)Apodidae affinis
最小種、他5種あり
Al-Samaamah al-Misriyyah-(エジプトヤマツバメ)Apodidae pallidus
Pallid Swift swiftの名の通りツバメの中では最も速い
なおSamaamah には上記5種あるが、ヤマツバメは1のフッターフも用いられ、Khuttaaf
Jabaliyy(直義 山のツバメ)ともいわれる。
海鳥アジサシはウミツバメ
ウミドリであるアジサシはアラブ世界ではツバメの一種と見做され、ウミツバメと呼ばれている。一見して外見や早く飛ぶ姿は確かに似るが、あの嘴の鋭く長いのと貧弱な短いのとは大きな違いはある。
アジサシは学名Sterna、英名Tern、アラビア名はハルシャナkharshanahというのであるが、ツバメの意味であるフッターフKhuttaafも用いられている。
アジサシSternaは「海ツバメ」フッターフ・バフル Khuttaaf al-Bahrとされ、その亜種もアラブ世界では以下のようにフッターフの名で知られる:
Sterna hirundo はフッターフ・バフル・イウティヤーディーKhuttaaf al-Bahr al-I”tiyaadii(ナミウミツバメ)として、
Sterna albifronsはフッターフ・バフル・サギールKhuttaaf al-Bahr al-Saghiir(ショウウミツバメ)として、
Sterna repressaはフッターフ・バフル・アブヤド・ワジュナタインKhuttaaf al-Bahr Abyadu al-Wajnatayn(白頬ウミツバメ)として、
Sterna anaethaetusはフッターフ・バフル・ムルジャムKhuttaaf al-Bahr al-Muljam(馬勒/平ウミツバメ)として、
Sterna bengalensisはフッターフ・バフル・ムカンジウ・サギールKhuttaaf al-Bahr al-Muqanzi” al-Saghiir(小房ウミツバメ)として、
Sterna bergilはフッターフ・バフル・ムカンジウ・サギールKhuttaaf al-Bahr al-Muqanzi”al-Kabiir(大房ウミツバメ)として、
等である。
ツバメの別名3種
「インドからのお客さん」Zawwaar al-Hind:アラブ世界ではツバメはインドに本拠地を置き、そこからアラブ世界に渡ってくるものと信じられている。その故「インドからのお客さん」Zawwaar al-Hindとも呼ばれている。渡り鳥で、長距離を移動する。
「シンド・インド」Sind wa Hind:シンドはインド半島の北西部でアラブ世界により近い地域のこと。上と同じ考えで名付けられてもの。
また「天国のスズメ」“Usfuur al-Jannahとしても親しまれている。農作物の穀害を起こすスズメと違って、ツバメは農作物に被害をもたらす、バッタや害虫を駆除してくれる有難い鳥として、「天国のスズメ」とされている。
固い話ばかりなので、ここでアラブのツバメ讃美歌の一つを紹介しておこう。中世の詩人サービーAbuu Ishaaq al-Saabiiはツバメを次のように叙している:
生まれたはインドの地 資質はザンジュ(黒人)か
Wa-hindiyyah al-awtaani janziyyatu l-Khalq
色全体に黒く 顔面赤くある
Muwawwidatu l-alwaani muhammaratu l-hadq
鳴き声立てるとき 口端から音を出す
Idhaa sarsarat sarrat bi-aakhir sawti-haa
葬儀参列者か 眼の端より涙流す
Haddaadan fa-adharat min mudaami”i-ha l-“alaq
悲しみのまさるか 黒の喪服尽くめ
Ka-anna bi-haa hiznan wa-qad labisat la-hu
鳴くとき 張り詰めた弦のウード音
Ka-maa sarra malwaa l-“uudi b-l-watri l-hajq
夏季に我らが下にあれど 冬季には故地に帰る
Tasiyfu laday-naa thumma tashtuu bi-ardi-haa
来る年もくる年も出会いありて、別れあり
Fa-fii kulla “aamin naltaqii thumma naftariq
Dam.Ⅰ515
上図エジプトの見られるツバメ類3種。
5ショウドウツバメ Riparia riparia Sand martin全長12㎝。
6アフリカチャイロツバメ Ptyonoprogne rupestris Rock Martin,全長12㎝。
7ツバメHirundo rustica Swallow 19㎝ 他のツバメ類より大きい。エジプト種は特に腹側の赤が目立つ。
Bertel bruun著Tuyuur misr al-Shaa’iah,1987,American Univ. in Cairo,p.31
ツバメの生態
ここではわが国とも同種である普通のツバメ、Hirundo rustica、 Swallowを中心に「ツバメ(1)」として、述べてゆく。アラブ世界の近代以前の伝統的ツバメ民俗学なので、他の亜種のツバメのことも紛れ込んでいることであろうことは予め承知して論を進める。
全長は約17-19cm、翼開長は約32cm。渡り鳥であり、上述のアラブはツバメの故地をインドとして、夏季に渡って来て、冬季にはインドに戻ると信じてきた。
翼が大きく、飛行に適した細長い体型である。背面や翼は光沢のある藍黒色であり、
尾は長く切れ込みの深い二股形で、我が国ではこの尾の形をツバメにちなんで燕尾形と言い燕尾服はよく知られている。上の詩の中にもあったように、それを翼と尾の黒色であるところから、喪に服して黒い燕尾服を着用している、と見做している。
翼の強さと素早い動きで、飛んでいる昆虫を空中で捕まえて食べ、水をのむときも水面すれすれに飛行しながら水を飲む。嘴は貧弱で小さいのに、口は大きく開けることができる。
喉と額が赤い。腹は白く、胸に黒い横帯がある。
ツバメの脚の貧弱さ。翼や尾の強いイメージに対して、嘴の貧弱さが目立つ。脚はさらに貧弱であり、細く短く、木の枝や電線に留まるのがやっとである。
歩行には不向きで、巣材の泥を求めるとき以外は地面に降りることはめったにない。
Jah.Ⅴ220、
さて以下はツバメの身体部位の俗信とkhawaass(民間療法)であり、脅威に満ちたものとなっている:
アラブの俗信としてツバメの目は他の鳥と変わっており、ツバメの驚異譚として話される。
トカゲの尾と同じように、ツバメの眼球は刳り抜かれても、再び成長して元と同じ眼球になる、ということである。
それゆえ民間療法として:ツバメの目を取り出し、布にくるんで、寝台にしっかりと固定しておけば、そのうえで就眠を取ろうとするものは、誰であっても眠ることができない。
同じくツバメの目を取り出し、乾燥させ、上質油で丁寧に擦り、それを飲み水の容器の中に分からない様に沈める。そしてその容器から好きな女性に水を飲ませると、その女性は飲ませたものを愛するようになる。
また同じくツバメの目を取り出し、ジャスミン油(zanbaq)で丁寧に擦り、その後それで妊産婦の臍(surah)の周りをマッサージすると、出産に伴う痛みを軽減できる、などと言われている。Dam.Ⅰ514
またツバメは視力は弱まったり、盲目に近くなると、高く飛ぶ速度を上げ、「太陽の目」”Ayn al-Shamsという樹木を探し回って、その木の実を食べる、という。そうすると視力は回復して元通りの生活ができる。この 樹木「太陽の目」は人間の目にとっても有効であるといわれている。しかし「太陽の目」”Ayn al-Shamsの木がどんな木であるのか諸説あって定めがたい。
Jah.Ⅳ112、143、Dam.Ⅰ514
ツバメの身体部位を利用しての民間療法としてほかにも:
ツバメの胆汁(muraarah)は白髪が生え始めて来たもの、毛が灰色になってきたものには、それを飲めば黒毛のままでいられる。また口髭も同様である。但し歯も黒くなるので、白く維持するにはミルクと一緒に飲めばよい。
ツバメの心臓を乾燥させ、粉末にしたものを水に溶かしたものを飲むと、たちまち性欲増進(hayz al-baah)が見られる。
ツバメの血をそれと知らせず、若い女性に飲ませると、性交欲を減退させることができる。
またツバメの血を袋に入れて額にあてがっていると、体液の増減から生ずる片頭痛(sudaa”)
を鎮めることができる。
ツバメの肉を食べ続ける習慣のある者は不眠症(sahar)に陥ることが多い。
ツバメの糞とその効用
ツバメに巣作りされた家は、その白いピシャっとした糞の飛散には厄介で面倒な対策が求められる。しかしアラブ世界にはその糞には効能があるとして、様々な民俗観念を持っている。
民間療法として:ツバメの糞(zublah)を集めて、粉末にしたものを腹の上に塗ると、腹痛・胃腸病(dabuul,dubaylah)を治す。
胱障害者には、ツバメの巣の土の一欠けらを剥がして、それを水と混ぜて飲むと、効果があるともいわれており、経験済みで実証されている。
また「ツバメ石」信仰があり、恐らく我が国や中国の「ツバメの巣」信仰と関連がある。「ツバメの巣」はアマツバメの巣であり、普通のツバメの巣では土が入っていては食利用として逆に人体に害を及ぼす。
アラブ世界では「ツバメ石」Hajar al-Simuumuu信仰がある。糞利用と言っても「ツバメ石」は通常では見つからない。わが国でも「燕石」との中国由来の語句があり、中国の「燕山から出る、玉 (ぎょく) に似るが玉でない石の意味として。「まがいもの。また、価値のないものを珍重し、誇ること。小才の者が慢心するたとえ」とされている。
アラブの信心では、ツバメ石は燕の雛が巣で孵って、最初に脱糞したものの中に小石(hasaarah)が見つかることがある、としている。大き目の石、ないし小石をいくつか集めたものを「ツバメ石」Hajar al-Simuumuuと呼ぶが、これは驚くべきことである、としている。どの巣にもあるわけではなく、見つかる場合東の方角に面している場合に限られるようだ。形も様々で長細いもの、丸いもの、固いもの、柔らかいものなどがある。色は白赤の二種である。またツバメの頭部にも小石が見つかることがある。たまたま呑み込んでできるものなのか定かではないが:
その「ツバメ石」Hajar al-Simuumuuの効用とは:
①そのツバメ石を幸運にも入手できた者はそれを携帯している限り悪運を呼び込むことはない。
②その石を持つことにより、愛する女性を惹きつけることができる。それは抗しがたい力で相手を近づける。
③この小石を牛革の袋に入れて首に吊るしておけば、譫言(うわごとwaswaas)を言うもの、妄想(takhayyul)に憑りつかれたものには有効に働く。
④白い小石が主であるが、二つ見つかる場合、一つが白く、もう一つは赤い色である。
白い小石の方を癲癇(sar”)患者の身体の上に置くと癲癇が治り意識が戻る。同じくアキド("aqid、舌のもつれ、言語障害)の症癖患者にも有効に働く。
⑤赤い小石の方は、排尿に難のある膀胱障害者にペンダントのように肌身離さず携帯していれば次第に改善してゆくであろう。
Dam.Ⅰ516
「黄疸石」Hajar al- Barqaan、「ツバメ石」Hajar al-Simuumuu
ツバメ自体も、黄疸(Baraqaan)に罹ったツバメがいたら、特に雛の内か罹りやすく、仲間はサフラン(Za”afraan)でその燕の身体を塗りからめるように拭いてやる。するとサフラン色に染まった黄疸ツバメはその病気が重くなりひどい熱から体色が変わってしまった、と思い込む。それからツバメの仲間はインドから持ち込んでいた黄疸石(Hajar al- Barqaan)を取り出し、患者に塗ってあげる。すると、黄疸が消えて治るのである。
この黄疸石はごく小さいもので、首周りの白と赤に毛色の分かれる境に付着させて渡ってくるわけである。この黄疸石は別名を「ツバメ石」Hajar al-Simuumuuともいわれている。このツバメの黄疸療法は、人間にも応用され、黄疸に罹った患者には「黄疸石」ないしは「ツバメ石」が求められ、巣穴に落ちているいくらかを拾い集め薬用袋に入れて携帯し、黄疸に罹ったなら、その小石で体を擦って治したり、もっと重い場合は水の中に幾粒かを入れて、飲んだりして治す。 Dam.Ⅰ514
こんなツバメ観を反映して、以下のようなツバメを謳った詩句がある;
慎むべし 世俗の手 搔き集めて得るものから
Kun zaahidan fiimaa hawwata-hu yadu l-waraa
かくすれば 日に日に 人々の愛情を得ん
Tadhii ilaa kulli l-ayyaami habiiban
あるはまた 汝見ん ツバメの人に益与えるを
Aw maa taraa l-khuttaafa harama zaadi-hi
されば人 家にツバメの巣 提供して返礼す
Adhaa muqiiman fi l-buyuuti rabiiban
Dam.Ⅰ513
上図2点はアラブ世界のツバメ、Hirundo rustica英名Swallow、亜名al-Sunuunuu
右はイエメンのal-Sunuunuu。乳香樹を背景に飛行する。『イエメンの鳥類』Tuyuur al-Yaman,イエメン環境省出版n.d.p.25
左はUAE(アラブ首長国)のアブダビのアル・アインの農場、スプリンクラーの上に留まっている。Robertson&A.Chapman著Bieds of Soutuen Arabia, MotivatePublishing(Dubai,UAE)1992,p.514
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ツバメの生殖、成長、死
産卵の折、巣が古いと修繕したりして完全なものとしてから利用する。巣作りも何もないところから見ごとに作り上げる。泥と藁(と己の唾液)から作り上げるわけであるが、泥も出来上がったものを用いるのでない。
先ず水面に飛び込むように身体、特に翼を水浸しにし、巣に向きそうな土の上で転げまわる。身体と翼で土をこね、丸める。巣材によいと思ったところで、その泥土を巣に運び、家の隅の壁などに貼り付け、それを繰り返して、時々強度を保つために藁などを加える。こうして巣の中も一定空間が保たれ、中で親と雛たちが入れるに十分と見做すまで続けられる。
完成した半円形の巣は、がっちりしていてアラブ世界では「小さな砦」husaynと言われてもいる。
産卵は年二回とされ、一回目が雛が育ち、巣立ちを終えると、あまり間を置かず二回目が行われる。
排泄物(zubl)はけっして巣の中にはしない。尻を外に向けて排出する。雛が小さいときは糞を出すよう促して、親がそれを受け止め、外に出すのであるが、少し成長すると親が排出法を教える。
胱障害者には、ツバメの巣の土の一欠けらを剥がして、それを水と混ぜて飲むと、効果があるともいわれており、経験済みで実証されている。
ツバメの寿命は8年ぐらいとみられている。
Jah.Ⅲ170、179
第4代正統カリフ・アリーの息子ハサンの話として次のような逸話が伝わる:
ハサンたちが教友のイブン・マスウードの邸宅を訪れたことがあった。彼には何人かのグラーム(若い使用人)がいた。その器量は実にハンサムで、いずれがディナール金貨かディルハム銀貨化、甲乙つけがたいほどであった。ハサンたちがその美貌に見惚れていると、主人イブン・マスウードが「皆さんは彼らを私が所有している、ということを羨ましがっているのですね?」と声をかけた。我らも「ワッラーヒ、それはもう、このようなグラーム達なら、ムスリムならだれも所有したい、と思いますよ!」と答えた。
ところがイブン・マスウードは頭を屋敷の天井の方にむけて見上げた。低い天井ではあったがその隅にツバメ(al-Khuttaaf)が巣を作って、卵を温めているところであった。彼が言うには「わが魂がその手中にあるお方に誓って申し上げるが、この鳥の巣を取り出し、卵を壊すような事はすまい。それ以上に祖先たちの墓を訪れて埃を払って清めることの方が大事である。(現世の喜ばしさを求めるのも良いが、それ以上に来世に思いをいたす方が良かろう)
この逸話の帰結はグラーム達にアイン(al-“Ayn邪視)は当たらぬようにと、主人イブン・マスウードが話題を逸らしたのだ、と解釈されている。 Dam.Ⅰ515
鳴き声
ツバメの鳴き声は甲高いのでよく響く。朝を迎えると鳴く習慣があり、カラスや鶏と同じく「朝告げ鳥」の役を担っている。昼頃まではよく鳴き、時には騒々しいほどになる。
その鳴き声をわが国では「土喰って虫喰って渋い渋い」ツチクッテムシクッテシビーシビー
ろ聞きなしている。
一方アラブ世界では、ツバメはアッラーを賛美している、讃美歌を謳っているとして、アル・アジーズ・ル・ハキーム(al-Aziiz al-Hakiim偉大にして賢きもの!)と聞きなして信心深い者として有難がれている。
夢占いでも、ツバメの鳴くのを聞いた夢を見ると、それは善行をなすと解釈される。
というのもツバメの鳴き声は神を賛美しているからである、とされている。
Jah.Ⅱ295-97、Dam.Ⅰ514
ソロモンとツバメ
鳥の言葉が分かる賢者ソロモンはある日雌雄のツバメが近くの宮殿のクッバ(丸天井)の上で囁き合っているのを聞いた。雄ツバメが求愛して雌と仲良くなってから、雌に言うには「
それでは結婚してくれますか?」と。ところが雌はそてを拒絶した。雄はなおも「あたしがこのクッバを逆さにひっくり返しても、ダメと言いますか?」と迫った。これを聞いていたソロモンは、その時雄を呼び寄せて、声をかけた、「お前が言ったことはできやしない。なんでそんなことを言う?」と尋ねると、雄ツバメはそっと答えた、「オオ預言者よ、求愛が激しくなればなるほど、大言壮語を言わしめるものですよ」。その答えにソロモンも「まったくその通りだな!」と賛同した。 Dam.Ⅰ514
性格・性質・習性
警戒心が強い。天敵は蛇であり、隙あらば卵や雛を狙うので周囲への監視は怠りない。また
コウモリは天敵であり、よく雛が襲われる。そこでまだ孵化して巣立つ間は、コウモリに襲われない様に、巣の入口に匂いの強いセロリ(karfus)の茎を何本か置いて防ぐ。セロリの匂いはコウモリが嫌うものとされている。
さらにツバメは雷を怖がる、という。ひどい場合はその稲光と雷音とがすさまじいと気絶したり、死んでしまうこともある、というはなしである。
Jah.Ⅱ296-97、Ⅴ353 Dam.Ⅰ514
しかし人にはなづく。それは人間の創造アダム以来の付き合いとされている。一緒に住むが、一緒に旅はしない、とアラブは釘を刺す。遊牧社会や旅好きなアラブがこんなところにも反映している。屋壁の民=定住民には懐くが、毛皮の民=遊牧民には懐かない。つまりテント生活には寄り付かないということである。 Jah.Ⅲ332、
博物学者サアラビーの伝えるところによれば、創世記でアダムが楽園から追放だれたとき、イブと二人きりであり、寂しさが日増しに募った。そこでアダムは神に寂しさを癒すものが欲しいと祈った。そこで神はツバメに命じて、アダムの住居に一緒に住むように命じた。ツバメのおかげでアダムは寂しさを忘れ、心を癒されたのであった。
こうしてツバメは人の仲間として、また人家に巣を作り、人と共に生きることを常とした。
Jah.Ⅰ195、Ⅱ177-78、330、Ⅲ332、Ⅴ203、Dam.Ⅰ514
イスラム法のフクム(可食か不可食か)
ツバメはスズメ目なので、スズメと同じハラール(可食)か、と思いきやハラーム(不可食)とされる。想起されるのはスズメは穀物食であり、ツバメは虫類の肉食であるからであろうか、と。そうではなくハディース(預言者の言行録)が根拠とされているようだ。
教友アブー・フライラが伝えるところによれば、預言者はツバメの殺傷を禁じて、次のように述べた、「この渡りの寄宿者("uwwadh)を殺してはならない。他の誰でもなくムスリムの皆さんのところに頼って来ているのだから」。
また別のハディースによれば、預言者は「家の中に逃れてきたツバメを殺してはならない」。
さらにカリフ・ウマルの息子アブドッラーの伝えるハディースとして、「カエルの鳴き声が五月蠅(うるさ)いと迷惑がって、殺してはならない。カエルは神の賛美(tasbih)を唱えているのだから。またツバメも殺してはならない。ツバメはイエルサレム神殿が破壊されたとき、神に訴えたのだから、「おお神よ、あの破壊者たちを溺れさせるために海の水を津波とさせる権能を我に与えたまえ!」と。
Dam.Ⅰ515



