ハエと食  地界のハエ(3)、天地のハエ(4)

キーワード:

ハエと食  ハエを食べてよいか イスラム法規定Hukum

ハエと食べ物   ハエが食べる、採食   

人間の食べ物が好物    腐食物qadhr、排泄物”adhrahが好み  

 液体・ミルクを好まない      花バエ Dhubbaan al-zuhuur   ハエを美しく歌う

刺しバエや肉バエ 

 ハエを食べる ハエの捕食者   

昆虫・虫類   鳥類  ハエはカラスの雛の恩人  

  両生類・爬虫類   哺乳類 

  スペインハエの効用

ハエ払い、ハエ取り、おまじない    ヒョウタンとカボチャ

ヨナをハエから守ったヒョウタン

 

 

   ハエを食べてよいか イスラム法規定Hukum

 

 食としてハエについてもイスラム法規定Hukumがあるのには驚いた。先のブログでハエは死後地獄落ちであること、地獄落ちでも罰を受ける側ではなく、地獄の住人達に罰を加える側であることを述べた。さらに今回は<食>としてイスラームでは、ハラーム(不可食)かハラール(可食)かが問われている。誰も食べられるとは、食べたいとはとても思える対象ではないが。  

ハエについては、イスラム法では、予想通りハラーム(不可食)である。但し腐敗したものや老廃物を主食とするハエ、刺しバエや肉バエはハラームであるが、植物性の果実にたかる花ハエや蜜を吸って生きる蜜ハエに対してはハラール(可食)である、とするマーワルディーほかの法学者もいる。

 

興味深いのは、預言者のハディースである。以下のようなハディースが伝えられている:

「もし一匹のハエが調理皿に落ちてきたなら、汁液の中に浸しなさい。なぜならば両翅には、威力があるからである。片翅には病原菌をもたらす効力があり、もう一方の翅には病気を治癒する効力を持っている。不浄のところにいたり、食べたりするのも、一方の翅にその不浄に対しての威力や回復力があるからである」。このハディースは真正であり、伝承者はブハーリー、アブー・ダーウード、ナサーイー、イブン・マージャ、イブン・フザイマ、イブン・ヒッバーンなどである。(Dam1624-25) 著者ダミーリーも動物学、民俗学に詳しいが、れっきとした伝承学者であるから間違いはない。

 

ここで預言者を通じてはからずもアラブの俗信が顔を出した。ハエの両翅に威力があるというのだ。ハエの片翅は有毒であり、もう片翅は毒消し、治癒力がある。それゆえハエが調理皿に入った場合、その食べ物の汁や液に浸しなさい。一旦は片側の翅によって毒が広がるけれども、すぐに反対側の翅によってその毒は消え失せるであろう。どちらの翅を前に出して、その威力を高めるか、それは神の意志次第である。しかし「食べ物を粗末」にしないという大前提がイスラームには行き渡っているので、治癒力、毒消しの方が有力と見做すべきであろう。

これに興味を持った著者ダミーリーは、みずから確認することにした。彼が述べるところによれば:

「私はハエを詳細に観察した。そしてハエの左翅の方が攻撃や防御の姿勢を早く取ることを見出した。これは、すなわち先に毒や病原菌を発散させるのが左翅であり、反対に右翅の方が毒消しや治癒力をもっていることになろう」、というのが結論であった。(Dam1625)

 

ダミーリーの観察と結論も、アラブの右偏重観を幾分か露呈していよう。それゆえ左を悪、右を善として、左が先に悪にの作用しても、右がそれを帳消しにして善となる、こうした考えが前提であるように思われる。

 

 

ハエと食べ物   ハエが食べる、採食、捕食

 

人間の食べ物が好物:

 ハエほど厚かましい、無遠慮な  awghalu min dhubabaah という諺がアラブにはある。

招いてもいないのに食事時を見計らって来訪し、陪食に預かる厚かましく無遠慮な人物をトゥファイルtufayl(食客)とアラブは言い慣わす。人間でないトゥファイル(食客)の最たるものがハエである。食事を作る最中から寄ってきて、出来上がるころは大挙して食卓の周りに集まる。ある詩人は次のように謳う:

       トゥファイル(食客)としてハエほど厚かましいものがあろうか

                                   Awghalu fi l-tatfiili min dhubaab

               食事の時に、また酒宴の席にいずこともなく現れる

                                “alaa ta”aamin wa-“alaa sharaab

         雲の中に菓子を目にしようものなら

                              Law absara l-raghfaana fii sahaab

                  見境なく空中を飛び上がって行くこと必定

                                   La-taara fi l-jawwi bi-laa hijaab

                                            統一脚韻 /-aab/  Dam.Ⅰ627

インド料理などが典型であるが、その香辛料の効いた食べ物への好みも大変なものである。

また醗酵したものも好みで、酒類にもまた寄り付く。特にナツメヤシ酒nabiizに目がないようだ。                  Jah. Ⅲ328、360、380

上図はばい菌の運び手、仲介者としてのハエ。ハエ除け対策の図。

右上はばい菌が含まれる腐食物、排泄物を採食するハエ。左上は料理の隅で食べたり、その中に落ちたり、容器の口で舐めたりして、ばい菌をはびこらす。下図右は細かい金網を張り巡らし中の食品をハエの侵入から防ぐ日本でいえば蝿帳(はいちょう)。左下は粘着力のある紙を垂らし、飛んでくるハエや留まるハエを動かなくさせるわが国の蠅取り糯紙(もちがみ)と直接ハエに吹きかけるスプレー。        資料は『自然科学図解』(アラビア語)Beirut,1975,42頁。

 

腐食物qadhr、排泄物”adhrahが好み

ハエは腐食物qadhrが好きである。もっと好きなのは排泄物”adhrahであり、人間の大便は不消化のものが多いからハエもまたそれを餌として好む。人間の大便と比したら、反芻動物である、牛や羊、ラクダなどの糞は、何回も口と胃とで反芻されるため、水分までほぼ完全消化されて排出されるので、あまり好まれない。

我々の好むあの甘い蜂蜜だとて、腐食物や排泄物”があると二の次になってしまう。 

ハエは花蜜も好物ではあるけれども、そちらに向かっていて、腐食物や排泄物があるとそちらに行ってしまう、その途中であれ、花蜜の奥や先であれ。恐らく腐臭は蜜臭以上に強烈な食欲を呼ぶものであろう。それゆえ壁蝨(ダニ、qummal)と共に<汚いもの、嫌悪するもの、>の代表ともなっており、「ハヘとダニほどに汚らわしいものは無い」laa shay’un aqdharu min al-dhubbaan wa-al-qymmal  と諺にもなっている。また<下賤>haqaarahなものともされている。 

また腐ってきた動物皮(fart)への好みも多いにある。皮を扱ったり、鞣(なめ)したりする業者の集中する地域に行くと、鼻の曲がるほど強烈な匂いが充満しているが、こうした地域はハエも必然的に多くなる。

Jah.Ⅰ238-39,Ⅲ330,Ⅲ353、Ⅲ383、403、Ⅳ37、39

 

液体・ミルクを好まない:

ハエの部位の口部のところで「食行為のなかで、「飲む、吸う、啜る」ことをしないのは鳥の中では、「ハエ」だけである」、と述べておいた。ハエは飲むことはしない、舐める、ないしは齧り取るのである。それゆえ液体や汁は好まず、そば近くで舐め取るだけである。

それゆえミルクもまた嫌いである。よくミルクの中に落ちている光景を見かけるが、うまく舐めることができず、液に嵌ってしまったか、落ちて抜け出せなくなってしまった結果であろう。吸血性に特化した刺しバエや肉バエを除いては、血もまた同様である。一般には血をなめること(walagha>waluugh)は好まないとされる。Jah.Ⅲ319、

 

花バエ Dhubbaan al-zuhuur、草バエ、庭バエ

ハエの中には人間には寄り付かないハエ類もいる。もっぱら植物を頼りとして生きているハエたちである。こうしたハエたちは、草バエDhubbaan al-kala’ (Dhubbaanは「ハエ」Dhubaab複数形)、庭バエDhubbaan al-riyaad、花バエ Dhubbaan al-zuhuurなどと呼ばれており、ハエの別の一面を人間に見せる。

これらを総称して花バエ Dhubbaan al-zuhuurと呼んでおこう。但し草バエDhubbaan al-kala’のみは草の葉を食べるが、湿地帯や農耕地では餌類は豊富であるが、乾燥地でも結構見られる。若草や若芽を舐め取り齧り取る。また餌が無い場合、庭バエや花バエと同じく咲く花の花弁や花蜜を舐め齧り取る。乾燥地のサボテン類、多肉植物、アロエ類は花が咲く時期は花液を多く出し、昆虫類やハエを喜ばす。

花バエ類は体形が大きくはなく、小さな翅音(taniin)を立て飛び回る。ワジの傍らなどで腰を下ろして休んでいると、何処ともなく静寂の中、この微かな翅音が聞かれる。そうした折は、快い音と響き、結構詩などにも歌われている。

盲目の詩人マアッリーが、目はみえないけれども耳は研ぎ澄まされている。野に出てこうした花バエなどの微かな音に喜びを覚えたのであろう。ハエを美しく歌う、小さくか弱いものだけれども、人間には来ず草花や花蜜を吸うものとして優しく謳う:

   おお権力もて安らかな快楽を求めるものよ

        Yaa taalibu r-rizqi l-haniy’i bi-quwwatin

            止めなされ 虚栄を追い求めるだけのこと

                    Hayhaatu aanitu bi-baatili mash”uuf

       強き獅子も砂漠にありては死体にありつけるのみ

             Ra”at l-asadu bi-qawwati jayfa l-falaa

              ハエ虚弱のものなれど 花蜜吸いて事足れりとするものぞ

      Wa-rawaa l-dhubaabu shahda wa-huwa da”iif

                                                                                           Dam.Ⅰ622

 

花類は大好物で寄ってゆくが例外がある。あのきれいな大輪の花を咲かせるサフラン(Za”afraan)だけは別で、避けて通る。それゆえサフランを家に置くと、ハエは入って来ない、ということである。

また臭気漂うキノコ類にも近寄らない。地上に出るキノコの類には勿論のこと、地下に結実するトリフ類であるカマエqama”なども地割れしているところがあり、地割れを目当てに探し出すのであるが、カマエの在り場所を前もってハエが地面の内外を徘徊してくれていたら、人間もこうしたハエの動きから、貴重なトリフであるカマエの在り処が分かり、見つける手間が省けて大助かり、となるはずなのだが。  Jah.Ⅲ308、351、

 

 

刺しバエや肉バエ

肉食性のハエは、ブヨ類(Barghash)とほとんど異なるところが無い。口舌の部分が特殊化して蚊のそれのようになり、刺すことができるように変化した。ほかのハエ類と異なり、血をなめてwalagha食する方に適応した。ハエは自分よりも小さい動物も捕食する。人間にとって有難いのは、人間に寄生して害を及ぼす蚤、虱、壁蝨(ダニ)などを食べてくれることだ。さらに有難いことに、人間の血を吸って生きる蚊ba"uudも捕らえて食する。

 

また家畜や野獣からも吸血できる種も存在する。動物や家畜を吸血する刺しバエの中でも、犬バエ(Dhubaab al-Kilaab)と称されるハエもおり、犬が見当たる限り犬だけを専門に集り付く。犬バエよりもっと大型で強烈な針を持つハエはニブル(nibr、pl.anbaar,nibuur)と呼ばれる。「追い返す、追い払う」という語根動詞から由来している。ニブルは大型動物、とくにラクダをもっぱら襲い、悩ます刺しバエで「ラクダバエ」と呼ばれている。

 

馬とラクダは大型動物でありながら、鼻の構造が全く異なる。ラクダのそれは横広で砂塵に対しても塞いで防御できる。これに対して馬のそれは大きく開いており、開閉はできない。そこを狙ったハエがいる。

 

また大型動物でも馬に集(たか)る、特に鼻の中に入ることを好む青バエがあり、これをヌアラ(na“arah、pl.nu“ur,nu“araat)と呼んでいる。この「馬バエ」の語ヌアラはもともと「馬などの動物が鼻を鳴らす、くしゃみをする」という元型動詞na"araから由来し、その元は「鼻を鳴らすこと、くしゃみ」との名詞na"iir、nu"aarから由来している。馬などが、鼻を鳴らしたらしたり、くしゃみをする主因がこの<ハエ>であるために、ヌアラの派生形で呼ばれるようになった。

「ラクダバエ」にせよ「馬バエ」にせよ、ある個体が対象に集中的に寄って集(たか)って襲われると、ラクダや馬、牛であっても死にもの狂いになるから、牧童もこうした大型の動物バエを見かけたら、そうした事態にならないように注意を怠らない。羊やヤギでは、それがもとで急死(hutuuf)する場合さえある。

諺にも、容易ならざる事態、すぐ対処せねばならない事態に陥ることを、「彼の鼻に馬バエが入った」Fulaanun fii unufi-hi na“ararun と言いあらわす。また第2代正統カリフ・ウマルは、影響を与えた敬虔な人物が彼の家に逗留して、再び旅に出ることになり、それを残念がり、「いやまったく、あの御仁とは離れたくないもの、馬バエのようにあの御仁の周りを飛び回りたきものよ!」との言が伝わっている。まとわりついて、知識・経験、それに人格はできるだけ吸収したいとの思いが込められている。

 

ライオンは最近では、野生の姿やメスを中心とした狩猟など、メディアの発達によって身近にテレビでも散見できるようになった。こうしたライオンが拡大して移されると、嫌が応でも体の周囲をハエが張り付いたり飛び回っている場面が目に飛び込んで来る。特に顔面に多く、大写しにすると目立つ。しかしライオンたちはほとんど気にしていないのが気にかかるくらいくらいだ。獣たちに付く刺しバエは、いずれの獣にも付くわけであるが、ライオンのそれが代表して「獅子バエ」Dhabbaan al-Asad ( dhabbaanはdhubaabの複数形)と称されている。

この「獅子バエ」もライオンの厚い獣皮に閉口したものか、顔に集中する。またライオンの血がうまくないのか。我慢して周囲につき纏っているのか。それゆえライオンが獲物のシマウマや鹿類を仕留めたとき、皮が裂かれるやハエもまたすぐに追いついて、血肉の分け前に預かることになる。まさに寄生して、他の好物にありつこうとしている、とも採れる。
 

なお食べた後は消化物を排泄する。ハエには限らないが、この類の「糞、排泄物」のことをラジーウrajii”とか、ハラーウkharaa’とかフルウkhur'とか言っている。脱糞する時、奇妙なことに白色の物の上には黒い糞(rajii” aswad)を、黒地の物の上には白糞(rajii” abyad)をすることである。

   Jah.Ⅲ308-09、314,316、319、320-21、338、352、385、313、400、Ⅴ413,Ⅶ64

 

 

ハエを食べる ハエの捕食者

 

昆虫・虫類:

昆虫の中でも肉食昆虫はハエを好んで餌にする。蜂類(nahlah)もまたそうで、特に大型のスズメバチzunbuurはハエを捕食するのを得意とする。ハエを好むあまり、自分でも嫌な排泄物の上に集(たか)っているハエにさえ急襲をかけて捕らえ去り、捕食する。

蜘蛛("ankabuut)もまたハエを好み、ハエは高く飛ばないので、低い空間に巣網を張り待ち受ける。蜘蛛は網にかかったものは蝶であれ蛾であれ、すべてを食べ尽くす。蜘蛛の巣に小粒で残るものは、消化できないものだけである。それゆえ、「創造物の中で、もっとも貪欲(ahrasu)なのはハエと蜘蛛である」との言い回しもある。

                  (Jah.Ⅰ238,Ⅲ307、336、Ⅳ295、Ⅴ411-12、Ⅵ313)

 

鳥類:

鳥類は長い嘴を用いてハエやバッタなどを飛行中捕らえたり、地上でも虫を取る方法で捕食する。特に小鳥たちはハエを餌として好む。

ハエを最も巧みに猟をするのはムクドリ(zurzuur、pl.zaraaziir)であるという。「(ハエ猟に)ムクドリより巧みな」asyadu min al- zaraaziirということわざがあるほどである。しかしハエをつまみ出すに最も素早い漁をするのは雄鶏(diik)であると言われている。

当然、鳥の雛たち、ヒヨコたち(farruuj)もまた親から餌として与えられるが、ハエを好み、雛から一生ハエを食べ続けることになる。 

 

     ハエはカラスの雛の恩人

前のブログの項「成虫のハエと暦」で触れておいたが、アラブの生活に基づく暦の中でもハエは触れられていることも多い。イエメンに残っているハイダラ暦(1659~60)、およびマハッリー暦(1945-46年)の事例を述べておいたが、マハッリー暦の3月3日の項には「蠅(dhubaab)の最初の世代始まる」との記述に加えて、「巣の中で泣き叫ぶ烏の雛に糧与う」があった。とある。「見捨てられた者に慈悲の手を差し伸べる」ことを指して言われる。ハエが雛の不浄の部分を寄って集って取り払った、ある種の神使いの役割を果たしたというのだ。そのいわれは、シャリーシーの注釈によれば、烏の雛は卵からかえる時白い産毛をして脂のような悪臭で被われており、そのため雛を見た親鳥は気味悪がって寄りつかなくなる。これを哀れんでアッラーは、体の穢れを舐め取り、かつまた餌として、蝿を選んでカラスの雛のもとに送り、悪臭と白い翅毛が抜け代わり親鳥が戻るまで面倒を見させた。このアッラーの思い遣りにハエを送り「巣の中で泣き叫ぶ烏の雛に糧与う者よ!」と讃嘆の言葉を発したのは旧約のダビデであった、と信じられている。

 

 

両生類・爬虫類: 

カエルなどの両生類やトカゲやカメレオンなどの爬虫類は長い舌を持ち、ハエを捕食する。 

巨大なオオトカゲ(wazghah)もあんな小さなハエを好物とするそうである。

しかし蛇は二股に分かれる長い舌を始終出しているにもかかわらず、アラブの俗信では、奇異のことであるが、その巧みな舌でハエを食べず、むしろ忌避すると言われている。

というのも、我が国の「ナメクジ、蛇、蛙」同様に、「ハエ、蛇、蛙の三竦(すく)み」として知られる俗信(Z43.4)があるからである。蛇は臭気察知も兼ねた二股に分かれた舌を絶えず出して、捕食対象や危険察知を行っている。寄ってたかるハエは、その意味でも邪魔で迷惑なのだ。蛇はハエを嫌うとされている。蛇はカエルを好み、蛙はハエを好む。逆に、蠅が蛇を怖がらせ、蛇が蛙を怖がらせ、蛙が蠅を怖がらせる。そんな俗念から、アラブ世界では「ハエ、蛇、蛙の三竦(すく)み」として知られる。        

                       (Jah. Ⅱ243、327,333、Ⅲ338,Ⅲ340、Ⅵ400) 

 

 

哺乳類:

モグラkhuldは地中で生息し、穴を掘って中のもの、侵入してくるものを捕食する。目が退化してしまっているため、髭と鼻が頼りになり、それで動く先の対象が獲物か敵かを嗅ぎ分ける。獲物は主にミミズなのだが、ハエも好物である。巣穴近くや出入り口付近で異臭がしてハエが活動しているのを察知すると、方位と高さを確かめて長い口吻から舌を出して捕食する。ハエの活動と合わせて、昼間に活動する方が多い。

ネズミや野ネズミもまたハエを捕らえて餌の足しとする。  

 

ラクダなどは口の周りに来るハエは唇を横にしたり、三ツ口の縦の割れ目を生かして挟み込んで食べている、と言われる。それは飼い主や、乗り手にはそれと分からぬように行う。口に入ったハエは、反芻によって、胃の中の食物を口に戻し、一緒に反芻物と合わされて食べられる。

              

人間もハエを食することがある。ハエは人間にとっては一般にはハラーム(不可食)であるが、預言者のハディースで見た如く、翅の自浄作用で害毒も中和されており、食べられないわけではない。そしてハエの多い時期や湿地帯では、貧民層(ahl al-sufaalah)の間では、採取して食料として補っている。但し生で食べているわけではない。煮たり焼いたりして食べる。それはハチ類(zunbuur)やイモムシ類(duwd)と同じである。 

         Jah. Ⅲ307、315-16、323、337、353,Ⅳ44、Ⅴ413,Ⅵ411、Ⅶ64

 

 

スペインハエの効用

厳密には「ハエ」ではなく、虫のハンミョウーの一種であるが、アラブでも「ハエ」の項目に入って言及されているので、ここで「スペインハエ」ズッラーフdhurraahのことについて、少し長くなるがこのスペインハエとその利用について説明しておこう:

ズッラーフdhurraahとは、ダミーリーの『動物誌』によれば、虫のハンミョウーの一種で欧名カンタリス cantharisで、それが学名である。俗名は「スペイン蠅 spanish fly=ヨーロッパミドリゲンセイ」とも呼ばれる。干して粉末にして毒として用いられることで知られる。その毒性ゆえにハビース(khabiith忌まわしい、汚らわしい)として扱われる。

因(ちな)みにハビースの典型は、「尿と糞便」であり、アフバサーニ(akhbathaani最も忌むべき二つのもの)とされる。

 

ズッラーフはそれゆえイスラム法ではハラーム(不可食)である。一方、何処の世界でもそうであるが、毒と薬とは紙一重である。薬用、薬膳であるならば許容される。発泡剤や水泡膏として皮膚癌(sarataan)、疥癬(jarab)、悪性白癬(qawaabii)、腫れもの・腫瘍(awraam)に有効とされた。またズッラーフを細かく粉末にして患部に塗ると、虱(qaml)の除去が出来る。同じく髪の毛に対して、オリーブオイルと一緒に煮詰めた油を頭髪に塗ると脱毛症(daa’ l-tha”lab)に効果ありとされている。

またごく少量は媚薬として、またごくごく少量をレンズ豆と混ぜ合わせて食べると、狂犬病や高熱の薬剤となることが知られる。その一部を赤色の小袋(xirqah)に入れて吊り下げるか、体の一部に触れた形で携帯すると猩紅熱などの熱病(humaa)に特別な効果があるとされる。ズッラーフの語そのものは他に,zurruuh,zuraah,dharuuh他多くの方名を持つ。       Dam.Ⅰ632

 

 

        ハエ払い、ハエ取り、おまじない

上左図は中流以上の、客人を招いての会食。食卓は下に敷く床机(kursii)と上に据える丸い銅皿(siiniiyah)とからなり、簡単に移動可能である。丸い銅皿(siiniiyah)の縁は少し盛り上がっており、その中に料理が並べられる。直径1メートルほどのものが普通で、このように4人ぐらいが周りを囲んで、普通は親指、人差し指、中指の三指で食べる。銅皿であるが、いくつも並べて人数に対応できるようになっている。またもっと大きいものもあり2メートルを超え、10人以上が囲める、一見驚くような大皿もある。羊一頭丸まる食卓に上がる場合など、そうした大きな銅皿を4人がかりで運び入れられる。

主人と客が会食している間、召使は水壺( jarrah、エジプト方言ではduuraqs)を持って、所望する人にいつでも対応できるように、もう一人の召使は、ハエ払い道具(ミザッバmidhabbah)を持って、始終寄ってくるハエを追い払う役。ハエ払い役の方が手のミザッバをせわしく動かして立ち働かなければならない。

上右図は様々な水壺( jarrah、エジプト方言ではduuraqs)、手前にはその蓋及びハエ払い・ミザッバが描かれている。このハエ払い・ミザッバはすべて材料はナツメヤシの葉であり、大きな強く硬い葉を幅に応じて縦に切り裂き、取っ手は持ちやすいように膨らみを持たせ、中身に葉を長く細く裂いて線状にし、しなるようにしたものを適当数収容して、取っ手の頭部を別の紐状にした部分で固く巻き付ける。これをハエが来たらその方向に降り回すわけである。硬い馬の毛を使ったものもある。

資料W.Lane、Manners and Customs of the Modern Egyptians  Everyman’s Library(London)、1954年版、PP.149,151

 

 

わが国では今では蚤虱と同様で、ハエの姿も容易には見えなくなった。特に建築が洋風になって、下水が発達した今となっては。ハエが日常見られたわが国では、伝統的に上に見るような「ハエ払い」は発達せず、叩き殺す「ハエ叩き」のほうがもっぱらであった。

アラブ・イスラム世界では「ハエ叩き」もナツメヤシの葉の、伸びる枝と葉の手許を使い、三角形にして用いたものであった。しかし上図に見るように、「ハエ払い」の方がミザッバmidhabbahとして用いられる方が多かった。家を暗くして、明るい外に追い出すことも普通であった。  

 

アラブ・イスラム世界ではハエ除けに植物のヒョウタンとカボチャに効果がある、とされている。

ヒョウタンのハエ払いの効果に関しては:

ヒョウタンにはハエを寄せ付けない威力がある。ハエが脱糞する時、奇妙なことに白色の物の上には黒い糞(rajii” aswad)を、黒地の物の上には白糞(rajii” abyad)をするのが常である。そしてヒョウタン(Yaqtiin)があると、その上や近くには脱糞せずに、それを避けて、ほかの場所に脱糞するそうである。

また預言者ヨナ(Yuunus)伝説では、大魚に飲み込まれていたヨナが、その大魚の体内から吐き出され大地に投げ出されたとき、抵抗力のないヨナの身体にすぐにハエが飛んできて、病気を移してしまった。傷ついたヨナの身体の一部にはやまのようなハエが寄って集(たか)ってきて、腐敗させ食べようとしていた。神は急いでヨナの身体の周りにヒョウタンを置き、ハエを追い払いヨナの体の腐敗するのを防いだ。こうしてヒョウタンがヨナの身体を普通の健康状態に戻してあげたのである。         Dam.Ⅰ622

 

またカボチャに関しては:

カボチャ(qar”)の葉を煮だして、その液をハエのたかりそうな出入り口や窓、食料品の周り、壁などに振りかけておけば、そこにはハエが来ることはない。

またカボチャ(qar”)の葉とクンドゥス(al-Kundus、ペルシャに産するウマアシガタ科の植物)の葉とを、ニクズクの油脂(saliikhah)で混ぜて燻蒸すれば、家からハエはいなくなるであろう。

さらにミルクにクンドゥス(al-Kundus)を混ぜてよく振り家の中に噴霧すれば、ハエは家には入ってこなくなるだろう。

 

ほかにも植物ではサーディリユーン(saadiriyuun)が有効とされている。この植物の枯草の束を家の入口に吊るしておくと、それが吊るされてある限り、ハエが家の中に入ってこない。                                  Dam.Ⅰ627

 

 

ハエ払いのおまじない

 新鮮なクンドゥス(al-Kundus、ウマアシガタ科の植物)の左右対称の葉の部分と砒素(zirniikh)とを混ぜ合わせ、叩き擦り、海藻(basal al-fa’r,直訳「ネズミ玉ねぎ」)入りの水と油を少々入れて、捏ねて団子状に製する。そして何か動物の像に似せたものをそれで作る。それを食卓の上に置く。そうするとそれがある限り、おまじないとなりハエを寄ってこない。                                     Dam.Ⅰ627