地界のカエル(1)  

カエルの名称・クンヤ(綽名)、カエルの種類 天敵      

                           天地のカエル・ディフダウal-Difda”(3)

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カエル・ディフダウdifda”の頭字はdaad文字の代表語

カエル・ディフダウdifda”とオオトカゲ・ダッブdabbの関係

カエルの名称・クンヤ(綽名)

「雄カエル」ウルジューム“uljuum   クンヤ(綽名)4種

アブー・フバイラAbuu Hubayrah「骨なし」 雌ウンム・フバイラUmm Hubayrah

アブー・マシーフAbuu al-Masiih 「変態するもの」

アブー・ムアッバドAbuu Mu”abbad 「信仰されるもの」

カエルの分類・分布    水ガエルと陸ガエル

水ガエル=アオガエル(アカガエルともRane esculenta)

陸ガエル=大型のヒキガエル(Bufo virdis)

砂漠のカエル  「天から降るカエル」もカエルの一種

カエルの天敵   蛇    詩人アフタルal-Akhtalの詩

カエルと三竦み   「虫拳」    天敵ライオン

    

 

カエル・ディフダウdifda”の頭字は文字の代表語

カエルは水辺や湿地に生息する動物であるので、砂漠地帯に属するアラブ世界にはあまり縁がないように思える。しかし伏流水や地下水の湧き出るオアシス地域、大河であるナイルやチグリス、ユーフラテス流域、それに大小の河川や湿地帯などアラブ世界にもそうした水のある湿地帯にはカエルが生息する。また雨期も短いが冬雨型の地中海式気候に属する地域や、モンスーン気候に属するアラビア半島南岸では夏にも降雨がある地域では、分布域もカエルの数も多くなることになる。

そして驚くことにカエル・ディフダウdifda”の頭字dは文字の代表語となっているほどに、馴染みがある動物なのである。

 

アラビア語アルファベットは28文字である。28文字のそれぞれは、日常もっともありふれた、誰でもそれと分かるものが代表になっている。下にアラビア語アルファベット28文字の一覧図例を上げてあるが、文字の習い始めは「アリフはアルナブ(兎)のアリフ、バーはバッタ(鴨)」のバー…」のように絵と文字を見ながら絵文字のように覚えてゆく。文字は頭文字の日常的、常識的なものが選ばれている。動物例が多いが、植物、鉱物、自然、乗り物や日常具などもまた例として選ばれている。

「カエル」ディフダウdifda”頭文字d(文字名はダードdaad)は八番目の文字d(daar)の、語気強く発音される強勢子音であり、15番目に配されている。文字一覧の絵ですぐわかるように、三段目の最初に配され、「ダード(daad)はディフダウdifda”のダード(daad)」と暗唱させられる。ダッブdabb(オオトカゲ)やダブウdab”(ハイエナ)など他でも頭文字d(ダードdaad)で知られた動物もいるが、カエルが選ばれているところが生活に近くにいる親近感を表していよう。(なお頭字が同じディフダウdifda” とダッブdabb(オオトカゲ)は陸の中でも水辺に最も近い動物と最も遠い動物の代表・例えとなっている。「ディフダウdifda”は水のもの」、ダッブdabbは陸のもの)、諺にはありえない例として、「どうしてそのようなことがあり得よう(起こり得よう)、ディフダウdifda”(カエル)と(ダッブdabb(オオトカゲ)とが鉢合わせしない(顔を合わせない)限りは!」

  Laa yakuunu dhaalika hattaa yujma”u bayna al-difda” wa-l-dabb

(Jah.Ⅳ144)

 

下の上図はアラビア語アルファベット28文字を覚えるための絵入り一覧であり、初心者によく見いだされるえずであり、声に出されて暗唱される。

下図二枚は個々のアルファベット文字の事例で、左図はディフダアdifda”ahと接尾詞/-ah/を加えているが、単数、ないし女性形語尾である。

 

 

 

 

   カエルの名称・クンヤ(綽名)

カエルの名称については、すでに前ブログで大方述べておいた。アラビア語ではカエルのことをディフディウdifdi”、またはディフダウdifda”などという。本ブログは口語で一般化しているディフダウの方を採り、述べてゆく、但し引用文、原文を生かす場合はこの限りではない。また前回触れたように西洋に訛って入ったこのカエル星も、実はディフダウdifda”の方であるから。南の魚座α星フォーマルハウトの別名の原語は「第一のカエル」al-Difda” al-Awwalであり、欧名はDifda al Auwelであり、クジラ座β星デネブ・カイトス(「クジラの尾」) の別名「第二のカエル」の原語はディフダウ・サーニー al-Difda”u al-Thaaniiであり、欧名もディフダDiphdaあるいはDifdaであって、後接語は省略された形で借用語として入った。両者とも天文用語ともなっているからである。

 

カエルの名称で、前回触れなかったことを述べておく。

「雄カエル」を意味するウルジューム“uljuum(複数 “alaajiim)という用語がある。辞書には普通記載されていないので、稀語か方言の可能性もある。しかし動物誌に詳しい文人ジャーヒズの『動物の書』カエルの項に二か所の言及がある。それによればアラ-ジーム“alaajiim(ウルジューム“uljuumの複数)との用語は雄で、黒色をしているカエルのこと、また陸上ではなく水中に生息するカエルのこと、とも述べている。(Ⅴ528、533)

またオタマジャクシのことも用語がありシュルグーフshurghuuf (pl.sharaaghiif)と言っており、「カエルの幼生、小さいカエル」の意味である。オタマジャクシのことは、成長段階のところで述べる。 

 

カエルにもクンヤ(綽名)があり、4種あるが、その中の3~4の2つは天界のカエルの中で述べた。

1 アブー・フバイラAbuu Hubayrah 「痩せて細い」「骨なし」、カエルにも骨はあるのであるが、いかにも細く、無いが如くである。威嚇や生殖の折など体を膨らませることがあるが、普段の体つきは筋張っており、外形はやせ細って見える。

2 ウンム・フバイラ Umm Hubayrah 雄がアブー(父)であり、雌がウンム(母)との呼ばれ方である。

3 アブー・マシーフAbuu al-Masiih 「変態するもの」、マシーフmasiihの直訳は、語形が受動的意味を持ち「変態させられられもの」である。オタマジャクシとカエルとは確かに変態が著しいためにこの綽名がついたのであろう。他の意味は「変形した。見るも恐ろしい、味のない、馬鹿な、愚かな」の意味もあり、また中東のキリスト教世界では、マシーフmasiihには「油塗られた者」の義で「預言者キリスト」を指す。

  4 アブー・ムアッバドAbuu Mu”abbad 「信仰されるもの」 古代エジプトの「カエル神」ヘケトは豊穣と再生の神で、信仰対象であったが、イスラム時代になって神格化されなくなった。けれども、一神教になる前から「カエル」に対しては、このような綽名が存在していたことが考えられる。

 

 

   カエルの分類・分布  水ガエルと陸ガエル

蛙(かえる、Frog)は、オトナ期になるまで尾があるのに、生物分類学上は両生綱無尾目(Anura)に分類される。寒地や乾燥地を除けば全大陸のいる最もポピュラーな動物である。カエルの表皮を見ても分かる如くに、湿った暖地が中心であろう。湿った地域が主舞台であるから、アラブ世界のように、大きく乾燥地帯、大部分は砂漠地帯が広がる所では、さほど散見されるものでもあるまい、と思われるであろう。しかし上の項ですでに見た如く、カエル、ディフダウal-Difda”はその頭文字Daadを代表する動物として選ばれている如く、想像以上に馴染みのある動物なのだ。

伏流水や地下水の湧き出るオアシス地域、大河であるナイルやチグリス、ユーフラテス流域、それに大小の河川や湿地帯などアラブ世界にもそうした水のある湿地帯にはカエルが生息する。また雨期も短いが冬雨型の地中海式気候に属する地域や、モンスーン気候に属するアラビア半島南岸では夏にも降雨がある地域では、分布域もカエルの数も多くなることになる。

上図はカエル(両生類)の仲間で、向かって右上に水ガエル(木のカエル ディフダウ・シャジャルDifda” al-Shajarと呼ばれる)が描かれている。ほとんどの種は小型である。左下は陸ガエル(ディフダウ・バッリーal-Difda” al-Barrii)であり、大型の種が多く、見た目は奇怪である。右下にはカエルではなく同じ両生類としてヤモリ(al-Samandar)が描かれている。図の説明には、これらの両生類は有益な動物である。多くの(害)虫を捕食してくれているからである、とある。

 

 

カエルの種類は世界では6579種が知られているが、中東世界のカエルにも多くの種(naw” pl.anwaa”)がある。アラブ世界には主に水ガエル=アオガエル(アカガエルともRane esculenta)と陸ガエル=大型のヒキガエル(Bufo virdis)とが生息する。

アカガエルは低地の水場近くに住む。大型のヒキガエルもっと乾いた内陸にも伸びて、生息地域がより広い。後者は大型で全体に醜いために、悪魔の手先とか魔性・霊性との関連が指摘される。わが国の蟇/蟾蜍(ひきがへる)」とか、略して「蟾(ひき)」とか「蝦蟇(がま)」とか呼ばれる類で「児雷也」でお馴染みである。

 

カエルの多くは、オアシスや川の水辺、湿地帯で暮らしている。アラブの民俗分類ではカエルはその生息環境によって大きく二種類に分類される。水中ないし水のそばで生活している種は水ガエル(ディフダウ・マーイーal-difda” al-maa'ii)とか、木ガエル(ディフダウ・シャジャリーal-difda” al-shajarii)と呼ばれる、水辺に近い雑草、木の葉に潜むからであろう。

一方河川や水流から離れて、湿地があって、環境条件が合えばそこに生息できる種は陸ガエル(ディフダウ・バッリー al-difda” al-barrii )とか、ヤマガエル(ディフダウ・ジャバリーal-difda” al-jabalii)と呼ばれている。もちろん後者は図体が大きく、数や種類は限定されて,わずかしか知られていない。こうしたカエルは砂漠にも見かけられる。

 

砂漠にも実はカエルが生息するのである。特にワーディー(涸れ川)がある近くには、また時折の冬季の降雨があり、水溜まりがある程度の期間残る所では。オカガエルの、またヤマガエルの生息地の一つとして存在する。冬季の雨期になるまで、干上がった水溜まりの底や泥沼、湿地で身体の外周に薄膜を作って、水の欠乏に耐え、次の雨期まで待つ。そして冬季の最初の降雨があって、二度目の降雨を体感したら、地表に出てくる。溜水を利用して生存するため、また生殖するためにオタマジャクシからカエルに成長する期間が短く進化適応している。捕食できないと共食いをして。勝ち残ったものが生き延びる。

 

そして忘れてならないのは「天から降るカエル」もまた民俗分類ではカエルの一種なのである。例えばダミーリーのカエルの項の分類、種類(anwaa”)において、多くの種(naw” pl.anwaa”)があるが:

大量の塵埃の降雨の結果生まれる種:多量の雨雲が風雨となってカエルを降らせ、その結果家屋の屋根などに多量にみられる。こうしたカエルは、幼生オタマジャクシの段階がなく、直接カエルとなって降ってくる。こうしたカエルには雄・雌の区別はない。性別があり場合、そのカエルが雄か雌かはその折の吹き上がる土(turbah)の性質(tibaa”)で決まることになる。自然に生まれるものでなく、いや高き神が土・塵埃(turbah)の性質を利用して産出されたものなのである。それゆえ役目が終わると死に絶え、腐臭漂わすもの(“Ufuunat)となる。

(Dam.Ⅱ149、Jah.1-149、156、Ⅲ372,Ⅴ526)

 

 

 カエルの天敵 

カエルの天敵は蛇であることは、我が国でも知られるところである。諺にも「蛇に逢うた蛙」とか、「蛇に見込まれた蛙」ともいわれる。

アラブ世界でもカエルの天敵はまず「蛇」とされている。蛇はネズミも好み、狙うがネズミは素早いし、鋭い牙を持っているから、用心が必要だ。しかしカエルの方は武器を持たず飛びあがって逃げるだけであるから、それほどの用心は無用である。カエルの生息する水場や水辺周辺を探し回り、捕食の機会を狙う。先端が二つに分かれた舌を出しながら、匂いや臭気を当てにしながら、カエルが潜んでいる居場所や巣の周りに近づいてゆく。(Ⅴ531,532)

蛇はカエルの鳴き声を聞きつけると、声の方の近づいていき、声の主がここだと判明すると首を一旦たたんで一気に伸ばして口大きく開け、そのカエルを飲み込んで食べてしまう。

この両者の習性を知っているウマイヤ朝の三大詩人であるアフタルal-Akhtalは次のように謳う:

     カエルたち 闇夜の中声立て鳴き交わす

            Dafaadi”u fii zalaa’i laylin tajaawabat

     されど鳴き声を頼りに、水中の蛇その主(ぬし)を死に追いやる

                   fa-dalla “alay-haa sawtu-haa hayyata l-bahr

Jah.Ⅲ268、Ⅴ532、Dam.Ⅱ149

わが国にも似た俚諺がある。「蛙は口ゆえ蛇に呑まるる」「蛙は口から呑まるる」などである。

 

 

    カエルと三竦み

蛇はカエルを捕食する。わが国でも三すくみ(三竦み)と言って、3つの物が、互いに得意な相手と苦手な相手を1つずつ持ち、それで三者とも身動きが取れなくなるような状態のことを言う。つまり、AはBに勝ち、BはCに勝ち、CはAに勝つという関係。例えばAがBを倒した場合、Cに倒されるのがわかっているので動くことができない。

わが国では三竦みの例として、蛇・蛙・ナメクジが有名である。蛇はカエルを好んで食べるが、ナメクジを嫌う。カエルはナメクジを好んで食べるが、蛇を嫌う。ナメクジは蛇を好んで食べる(=遠ざける、怖がらない)が、カエルを嫌う。

この三竦みはじゃんけんにも生かされており、「虫拳」といっている。ヘビ(人差し指を突き立てる) → カエル(親指を突き立てる) → ナメクジ (小指を突き立てる)→ ヘビ。ヘビはカエルを一飲みにする。ヘビには負けるカエルだが、相手がナメクジならばやすやすと舌でとって食べる。しかしカエルに負けるナメクジにはヘビ毒が効かず、自分の身体の毒粘液で飲み込んだヘビを吐き出させてしまう。このときにカエルがナメクジを食べると、その後ヘビに食われてしまうので、ナメクジを食べられない。ヘビ、ナメクジも同様の状態で、三者とも身動きがとれず三すくみとなる。この三すくみををじゃんけんに生かしたのである。

 

しかし種類によろうが、カエルが必ずしもナメクジを好物として捕食しているわけではない。筆者が東京の滝野川に住んでいたころ、落ち葉だらけの庭にはどこからか二匹のヒキガエルが来たものだ。近くに古い池を持った洋風民家があり、恐らくそこからやってくるのであろう。恐れもせず縁側近くまで来たので、ナメクジを捕らえて棒先に載せ、カエルの鼻先に持って行くと、パクっと口に入れた。やはり好みかなと思っていたら、次の瞬間吐き出した。そこで別のナメクジを見つけて目先に持っていったら、今度は前足で払落し、体を膨らませて怒っていたようであった。この三すくみが当たっているか、少なくとも我が国の俗念に過ぎず、世界には通用しないであろう。

 

    天敵ライオン:

外敵として意外なことだが、アラブの民俗概念では百獣の王のライオンもまたカエルを好みとするそうだ。ライオンは多くの場合、羚羊類、小型獣類、オオカミ、ハイエナなども襲って捕食する。亀(ウミガメも)や鰐などをも捕食するそうだ。

そうしたライオンの捕食の対象の中にカエルもまた入っており、カエルの天敵の一つとされる。あの大きな図体で、相応しくもないごく小動物であるカエルを好物としている。カエルの出没する水場に通ずるところに交代して待ち伏せして捕食する、いうことである。 

カエルの方は陸に上がろうとして、敵が待ち構えていることを察知すると、陸には上がらず、捕食者が諦めて立ち去るまで待つ、それが何日続こうと、水中で忍耐強く待つ。

                                                                                  (Ⅱ125、Ⅴ530)