ダチョウの巣 その星名と巣の特性

                        エリダヌス・ナフル、アラブの「天の川」観(4)

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第二の「天の川」   エリダヌス・ナフルal-Nahr(川)

星名ウドゥヒーUdhiyy    <ダチョウ>の「巣、産卵場所」

γ星からτ星までの変形四辺形    駝鳥たちの巣作りに絶好な場所

クジラ座のεとπ星     射手座は南斗六星 キラーダal-Qilaadah「首飾り」

「鳥の巣」の総称ウッシュ"ushsh

ウドゥヒーudhiyyの語源   dahaaは「場所を広くする、砂や小石を押しやる」

「ダチョウの巣の娘」ビント・ウドゥヒー bint al-udhiyyとは「雌のダチョウ」のこと

雌は「卵の母」ウンム・バイドUmm al-Baydとのクンヤ(子称)

雄は「卵の父」アブー・バイドAbuu al-Bayd

雌は「30(個)の母」ウンム・サラースィーンUmm al-Thalaathiin

雄は「30(個)の父」アブー・サラースィーンAbuu al-Thalaathiin

巣のベドウィンの応用マドハーmadhaa

卵の殻の内側の薄膜(qishr)に秘法

 

 

               エリダヌス星座の星名「ダチョウの巣」ウドゥヒーUdhiyy

アラブの「天の川」観として、天界の第二の「天の川」エリダヌス=ナフルal-Nahr(川)について3回にわたって述べてきたが、この星座中の星名ついてウドゥヒーUdhiyy <ダチョウ>の「巣、産卵場所」は少し説明を要するので最後に回した。

 

まず天の川エリダヌス、ナフルの星座の中で、「ダチョウの巣、産卵場所」と名が付く星名から述べておこう。前回のブログのダチョウ図入りの挿絵を参照されたい。

 

β星を水源とするナフル川は先ず西向かって流れて行く。その流れが南に蛇行する地点、ここにη星がある。η星は固有名を持ち、Azhaとされて、日本語読みはアザーとされているが、子音/z/と/h/とは独立しており、原音は/d/と/h/と子音もまた異なる。それ故、明らかに転訛された西欧語もアズハと読む方が正しかろう。

原語は」ウドゥヒー、正確にはウドゥヒッユ・ナアームUdhiyyu al-Na’aam「ダチョウの巣、産卵場所」の前接語ウドゥヒッユUdhiyyu 「巣、産卵場所」のみが。西欧に入って付く過程で、後接語が脱落し、訛って入ってアザー<アズハAzhaとなったものであるから。

                                                                                 

「ダチョウの巣」」ウドゥヒーはさらに星座内の多数の星に見られる。ナフル(川)の源流が西に流れ、γ星のところで少し南に方向が変わり、再びδ星のところから西に向かうが、先のη星のところで南に、そしてτ星のところで東に流れが変わる。これらγ星からτ星までで作る変形四辺形は、駝鳥たちの巣作りに絶好な場所と見られ、そこを形成する星々の個々が、北西角のη星が代表してそう呼ばれていたように、個々の星たちも「ダチョウの巣、産卵場所、孵化場」としてウドゥヒー・ナアームUdhiyy al-Na”aamと呼ばれている。

 

当然巣の中には卵を抱く雌ダチョウがそれぞれいることになる。抱卵期以外は特定の巣は持たない。巣の中の卵に対しては太陽の強烈な熱射から卵たちを守るべく、その上に覆いかぶさるように座る。そうしないと、卵たちは高熱で死んでしまうからである。

 

 この地点は、水流は西に流れ、次には南に、そしてさらに東に蛇行して流れているので、三方川に囲まれている。川は低いところを流れることになるので、この砂の営巣地は砂丘のように小高くなっており、見晴らしも良い。加えてダチョウは首が長く、あの大きな目は視力も効き、危険を察知するのには最良の場所である。

 

巣や営巣地として、この四辺形の一等地を取れなかったもの、あぶれた雄ダチョウは川が蛇行しているような地点を見つけて、メスのために巣作りに励む(巣作りは雄の役目)。

川の流れは逆S字が終わり、最後に南下する地点θ星、川の終点であるα星の雄ダチョウは巣作りというよりは、ダチョウの群れの監視といった配置であろうか。

 

さらにナフル(川)の星座の流れがクジラ座の境にぶつかり、流れを変えて南へと向かう地点は、巣作りに向いており、多くの巣が見られるが、実は川向うもまた、次善の「ダチョウの巣、営巣地」として適していることが推察される。越境してクジラ座の近辺の星たち、東のナフル(川)に接するεとπもまたウドゥヒー・ナアーム(ダチョウの営巣地)との名称を保持しているのであるから。広がりを見せている、というか巻き込んでいるのは驚きである。

 

 

      他の星座の「ダチョウの巣、産卵場所」

この星名ウドゥヒッユ・ナアームUdhiyyu al-Na’aam「ダチョウの巣、産卵場所」と名付けられたものが、他の星座にもあるので付言しておきたい。

射手座は前半部が弓矢を射る姿勢で特徴がある形をしているが、星座中の南斗六星は有名である。その六星うち、斗の部分から北東に延びる空間、頭部のターバンが翻るυ、ρ辺りまでの細長い楕円は月の28宿のバルダも含みこんで、キラーダal-Qilaadah「首飾り」と普通呼ばれている。が、別名をウドゥヒッユ・ナアームUdhiyyu al-Na’aam「ダチョウの巣、産卵場所」とも言われている。ダチョウの巣も正確な円形というより、いびつな楕円形と見ての言い方と見るのが宜しかろう。

射手座も天の川に近く多くのダチョウと関連付けられた星名が多い。

 

 

 

                                         ダチョウの巣udhiyy

雄が巣作りをし、雌たちが順位に従って中央から5,6ッ個の卵を産んでゆく。順位の低い雌は巣の隅に産み落とすことになり、しかもはみ出して巣から外にもぼれ落ちることも多い。巣の外にこぼれ落ちた卵は、巣内にできるだけ戻そうとするが、できない場合は右図のように放置されてしまう。こんなに多くの卵が放置されることはない。卵の上下左右の位置は時々動かされ、全体に平均化されるように、どのダチョウも気を配る。抱卵というより、日中は太陽の熱射から日陰を作り、夜間は砂漠の冷えから守るため、その柔らかな羽を広げて卵を守る。昼は雌たちが代わりばんこに行い、夜間は雄が行うことが多い、とされている。

左はal-Jaahiz著Hayaat al-Hayawaaan(動物の生活) の挿絵。(著作されたのは9世紀であるが、細密画が導入だれたのは12世紀以降なので、その頃の写本であろう)。右はP.ミルワード著中山理訳『聖書の動物事典』からの挿絵。

 

 

 

     ダチョウの巣ウドゥヒーUdhiyy について

 本ブログ、第2の「天の川」であるエリダヌス、アラブ・イスラム世界ではナフルal-Nahr「川」と言われている星座の中にも、何か所かダチョウの記述があった。その中で注目されるのは「ダチョウの巣、産卵場所、孵化場」との特異な用語ウドゥヒーudhiyyの存在である。なんで「ダチョウの巣」と限定されるのか。またなんで特別に<ダチョウ>に限定するのか? 

 

「巣」は鳥の巣全般も含めてアラブ世界ではウッシュ"ushshが一般語である。もしアラブ世界、というよりもベドウィン世界に駝鳥が馴染みのない動物であったなら、特別な用語など設けずとも、一般語ウッシュ"ushshで済ませたはずである。こうした特別な用語ウドゥヒーudhiyy、それを「ダチョウの巣、産卵場所、孵化場」としたのには、単にダチョウが散見できる程度の間合いではなく、実生活がより親近であったからと観なければならない。

 

 「ダチョウの巣、産卵場所、孵化場」であるウドゥヒーudhiyyの語を探ってみると、その用語がなぜ存在するのかが判明する。この語根√d/h/yの動詞ダハーdahaa<dahayaは「場所を広くする、砂や小石を押しやる」である。座るところ、寝る場所などを作るために、邪魔な障害物を除けて広くする、そうしたことをいう。

 

 ダチョウが砂漠やステップ地帯に適当な場所を、砂や小石を除けて、巣を作ったり、産卵場所や孵化場としたりする、その動詞もまたダハーdahaaに由来する。すなわち砂漠や砂場に、適当と思われる場所の砂地を足で搔き分けて、一定量の低い平らな窪地を作る。ダチョウ自体が身体は大きいし、その卵も15㎝ほどもあり、5,6個ほどを順次産卵するため、巣は1m四方ぐらいの大きさを確保しなければならない。

 

 つまり、ダチョウの巣は、普通の鳥の巣とは材料も場所も全く異なるのだ。普通の鳥類は営巣地を作るため、木の枝や枯れ木などを多量に組み込んで丸く盆状に作る。これが「鳥の巣」の一般語ウッシュ"ushshである。

 

しかし「ダチョウの巣」はこれとは異なり、随分大雑把なのである。巣材は一切用いず、砂地の適当な場所を選ぶ。土や岩地は不適で、砂地が適当地なのである。砂地を搔き分けて、dahaa「場所を広くする、砂や小石を押しやる」だけである。これが「ダチョウの巣」ウドゥヒーudhiyyの語根動詞である。

 

ダチョウ一羽分が十分座り込めるスペースを確保すれば、端の卵が転げ落ちないように縁を小高くして、それで完成である。ここまでがボス雄の役目である。こうして営巣が済むと、そこに卵を収容し、その上に親が昼は強烈な太陽を遮るために影を作り、夜は冷え込む冷気から守り温めてやる入念な巣作りが行われる。それからは雌たちの役目で、それが済むとそこで産卵し、孵化するまでの営巣行動に移る。

そうして砂を搔き分けられ、小石や障害物を除去され、一定の平らな空間が作られる、ダチョウの巣ウドゥヒーudhiyyなのである。珍奇な巣作りなので、「巣」としては別の用語となったことがこうしたことから推察される。

 

なお「ダチョウの巣」ウドゥヒーudhiyyは、その女性形ウドゥヒッヤudhiyyihhahとも称されることがある。

 

 ウドゥヒーUdhiyy「ダチョウの巣」を用いた連接語に「ダチョウの巣の娘」ビント・ウドゥヒー bint al-udhiyyがある。卵を守り、孵し、雛になるまで「ダチョウの巣」から離れられない女性、すなわち「雌のダチョウ」のこと、一般語「雄のダチョウ」ナアームna”aamに対するその女性形ナアーマna”aamahと同義となる。

 

雄ダチョウ(al-zaliim)が作った巣(adhiyy)。雌たち(ri"aal)はその中に卵を順次産み落とす。雌にもランクがあり、一番目が真ん中に5~6個産みつける。それが終わると二番目以下のランクの雌たちが順次その横や周りに産み付けて行く。

巣の中で卵を守るのは雌だけではない。雄も近くで見守り、メスが離れた時や夜間は抱卵するという。どちらもよく卵の面倒を見る。それゆえに雌は「卵の母」ウンム・バイドUmm al-Baydと、雄は「卵の父」アブー・バイドAbuu al-Baydとのクンヤ(子称)も持っている。また巣穴の収容できる卵の数は最大30個と言われている。それ故もう一つのクンヤ、雌は「30(個)の母」ウンム・サラースィーンUmm al-Thalaathiinと、また雄は「30(個)の父」アブー・サラースィーンAbuu al-Thalaathiinとのクンヤ(子称)を持っている。

巣穴から落ちこぼれた卵を嘴や喉を用いて巣穴に戻そうとするが、満杯な場合や戻せそうでない卵はそのまま放置する。

 

 

 

                        ベドウィンのダチョウの巣ウドゥヒーUdhiyy の応用

 実はベドウィンもウドゥヒーudhiyyをダチョウから学んで、砂漠の中で応用しているのである。

砂地に窪みを作り、それを押し広げるだけでできる巣、それがウドゥヒーudhiyyという特化した用語となった。ベドウィンの暮らす砂漠は暑熱地帯であり、砂地の巣ウドゥヒーもまた熱い。しかし砂地は、海水浴場でよく経験されたと思うが、熱砂で足がやけどしそうになるが、表面を少し掘れば温度差ができており、結構な涼しさにもなる。

砂漠で生息する動物たちも暑さを免れるため、砂地の中に潜り込んで昼日中を過ごす。ベドウィンもまた日中は日陰か、そうでなければ砂を30㎝以上も深く掘り、身体をそこに沈めて、棒や杖を支えに日陰を作り、日中の暑さをやり過ごす。こうした砂場に設けた窪地をマドハーmadhaaと言っている。その意味は「ダチョウの巣のある場所」である。「ダチョウの巣」ウドゥヒーudhiyyから派生した名詞であり、いわば人間がダチョウからヒントを得て学び、生活に取り入れた用語といえる。

 

なおダチョウの卵は食用にもなるし、壊さずに卵形を保てば、容器として、また水筒代わりにも用いられる。

アラブの伝承では、卵の殻の内側の薄膜(qishr)には化学作用を起こす物質が含まれているようだ。その薄膜を切り取って、酢の中に浸す。この薄膜が酢の中で変質するまで待つ。変質し終わったら、鉄を鍛える液として用いる。こうしてできた刀や槍、ナイフなどは刃こぼれを起こすことなく、どんな武器に対しても無敵となろう、とのことである。(DamⅡ629)