ヒジュラ(イスラム)暦の「大の月(30日)と小の月(29日)」
     
ヒジュラ(イスラム)暦は、周知のように完全な太陰暦である。太陽暦より一年の日数が11日少なく、354日である。そして大の月(30日)と小の月(29日)が交互に来るとされている。では第1月ムハッラムが大の月(30日)で始まるのか、小の月(29日)なのか、は定まっているのか。一般に考えるように、大の月(30日)で始まり、次の第2月サファルは小の月(29日)、その次の第3月第一ラビーウがが大の月(30日)と、その循環で354日となるが、それで良いのか。

 

 
上の切手は、日本郵政グループが、最近発売した「星の物語シリーズ」の第5集。これがシリーズの最後であるらしい、完結編と銘打ってある。その最後の最後に(右の一枚切手)にようやくスハイル(カノープス)が選ばれた。それもカノープスの名前は無く、星座名「りゅうこつ座」の一部として。船の右先端中央に大きく星型で描かれているでけである。
二つ上に南十字星があるが、これは小さく古くから在った星座ではない。17世紀の大航海時代、西洋人がケンタウルス座から独立させて命名したもので、決してポピュラーのものでは無かった。インド洋やアラビア海ではスハイル(カノープス)が指南星・南極星である、全天第2位の輝星スハイル(カノープス)にはさまざまな指標とされていた伝統がある。

 


先ず第1月ムハッラムが大の月(30日)で始まるのか、そして大の月(30日)、小の月(29日)の循環で良いのか、この疑問に対してヒジュラ(イスラム)暦を太陽暦に換算する時に、月の初日が何日なのか、月末は何日なのか。ラマダーン(断食月)などは、月初めおよび月末を新月が肉眼で視認された上で公表されるので、この原則は無いように思われる。そこで直近の1433年から始まる7年間のヒジュラ(イスラム)暦の大小の月を調べてみた。資料は本ブログでも参照している「エリコ通信社のイスラム暦付カレンダー」である。以下の表は意外な結果を示している。

 


 

西暦2011年1月1日はヒジュラ(イスラム)暦では1432年第1月ムハッラム26日に当たる。ヒジュラ(イスラム)暦1432年の第12月ズー・ル・ヒッジャは西暦2011年11月25日に終わる。
1433年元日は西暦2011年11月26日、(岩波イスラーム辞典では11月27日)
1434年元日は西暦2012年11月15日、(岩波イスラーム辞典では同じく11月15日)
1435年元日は西暦2013年11月4日、(岩波イスラーム辞典では11月5日)
1436年元日は西暦2014年10月25日、(岩波イスラーム辞典では同じく10月25日)
1437年元日は西暦2015年10月14日、(岩波イスラーム辞典では10月15日)
1438年元日は西暦2016年10月2日、(算定は10月3日になるはず、後注1参照)
                  (岩波イスラーム辞典では10月3日)
1439年元日は西暦2017年9月21日、(岩波イスラーム辞典では9月22日)
である。

 

1438年元日は西暦2016年10月2日とあり、算定では10月3日になるはずである。が、この年は太陽暦では閏年に当たり、2月が29日まであったため、一日ずれることになった。

 

この表を見る限り、大の月(30日)と小の月(29日)が規則正しく連続するのは、ヒジュラ(イスラム)暦の1437年(西暦2014~2015年)だけである。その年は、第1月ムハッラムは小の月(29日) から始まり、第2月サファルは大の月(30日)、第3月第一ラビーウは小の月(29日)と連続してゆく。小大の循環となっている。他の年にはこの連続制は観られない。


その1437年(西暦2014~2015年)だけに限っても、より公式の暦計算の方は、その年の第1月ムハッラムは小の月(29日) からではなく、大の月(30日)で始まり、第2月サファルは大の月(30日)であって、小の月(29日)ではない。第3月第一ラビーウは大の月(30日)であった、小の月(29日)ではなく。他の年にはこの連続制は観られない。1437年(西暦2014~2015年)だけである。その年は、第1月ムハッラムは小の月(29日) から始まり、第2月サファルは大の月(30日)、第3月第一ラビーウは小の月(29日)と、「小の月、大の月」として連続してゆく。他の年にはこの連続制は観られない。

 

このことは2点指摘できる。一つは年初である第1月ムハッラムは大の月(30日)が来るとか、小の月(29日)が来るとかは定まっていないことである。この点を踏まえて第2点は奇数月と偶数月とが大の月(30日)と小の月(29日)との目安となってはいないことが観察される。

 

厄介なことながら、ヒジュラ(イスラム)暦の一年の12の個々の月がどちらかになるかは、あらかじめ算定できないことになる、一年は太陽暦よりも11日少ないことは大前提であるとしても。


月名の下、最下行の欄に「大の月(30日)/小の月(29日)」を設け、一年の大小月をまとめた。矢張り不順であったが、一年を通すと6/6と354日に均(なら)されている。但しヒジュラ(イスラム)暦1436年では7/5となっており、一年は355日になってしまう。その代り1439年では5/7となっており、埋め合わせるように一年は353日となっている。


 
大小の月が定まっていないとなると、年は同定できても、その暦年内の個々の12か月の月末と月初めの算定が大変面倒なことになる。月末と月初めにおいて、一日や二日のずれが生じてしまう。そこでもっと古いイスラム(ヒジュラ)暦年の大小月を調べてみることにした。

本ブログで用いているアシュラフ暦(1271年)、マハッリー暦(1733-34)、ハイダラ暦(1945-46)のイスラム(ヒジュラ)暦の年の大小の月についてである。

 

アシュラフ暦は西暦1271年とある。西暦1271年はイスラム(ヒジュラ)暦に直すと、670~71年に跨っている。またイスラム(ヒジュラ)暦の670年は1271年でも8月9日から始まっており、西暦1271年の方で言えば、その元旦は8か月も前になることになる。同じくそれはイスラム(ヒジュラ)暦では669年のことになる。またイスラム(ヒジュラ)暦670年のおわりは西暦1272年7月28日で終わっている。翌7月29日からイスラム(ヒジュラ)暦691年の元旦になる。
こうした関連から、西暦1271年に関与しするイスラム(ヒジュラ)暦の669~71年の3年の暦年の大小の月を調べてみた。結果はいずれも同じであった。奇数月が大の月=30日であり、偶数月が小の月=29日であった。例外は無かった。

 

次に本ブログで扱っているマハッリー暦(1733-34)のイスラム(ヒジュラ)暦1136年、およびハイダラ暦(1945-46)のイスラム(ヒジュラ)暦1365年も調べてみたが、いずれも大小の順で、個々の月の二数にも全く変化なかった。

 

整然とし過ぎている。恐らく、いずれも暦日も、公然と表に現れるのは、歴史上の出来事や人物についてであり、その場合は此処の事例として特記するが、一般には大小の月として、後年に全般化、平準化したことも考えられる。個々の年の具体相はまた別であった可能性も大いにあり得ることである。

 

念のため、別の暦で冒頭の直近の1433年から始まる7年間も調べてみた。その結果
1 すべての暦年の大の月(30日)と小の月(29日)の並びは大小の順であった。
2 小の月(29日)に例外が2年あり、1436年と1439年とであり、いずれも大の月(30日)となっていた。
3 2の例外はいずれも第12の月ズー・ル・ヒッジャ(巡礼月)である。小の月(29日)であるべきが、大の月(30日)になっていた。この2年は従って一年が354日に1日プラスする日数となる。冒頭の大の月(30日)/小の月(29日)の式を借りれば、7/5の暦年となる。
4 3の暦年の日数355日の、例外となっている日にちは、この前後の暦年でその日にちの修正5/7が二回行われるはずである。

 

2で述べた「第12の月ズー・ル・ヒッジャ(巡礼月)が小の月(29日)であるべきが、大の月(30日)になっていた」とは、イスラム期以前からの慣行で、この月は年末でもあり、重要な調整月であったことを勘案せねばならない。イスラム期以前では、権威ある暦師は12月巡礼月10日のハッジュ(巡礼)が終わった後、巡礼者たちがメッカを離れる前に、来年の暦を公表する。そして翌年を閏月(三年に一度、時に二年に一度)になるか如何かを報知する。こうして先ず尊敬される巡礼者達を通して、翌年の暦情報がアラビア半島内の諸部族に伝えられて周知される仕組みになっていた。


イスラム期以降は、完全な陰暦なので、大の月(30日) と小の月(29日)を繰り返す。但し、特にランダーン(断食月)などでは、月初め(次の新月の出)や月末は大法官などの権威ある者の新月の視認が必要なので、一日ずれ込む場合がある。そうした調整をこの年末、第12の月ズー・ル・ヒッジャ(巡礼月)で行う結果、小の月(29日)が大の月(30日)となることもあり得ることである。

 

結論は、基本的には一年の大小の月には規則があり、年初のムハッラム月は大の月であり、次のサファル月が小の月であること。奇数月が大の月となり、偶数の月が小の月になり、それが循環していること、である。


但し、直近のイスラム(ヒジュラ)暦の何年かに亘る例が示すように、現実には月初めの新月の視認が必要なことから、大小の月が不揃いになることもあり、多少の微調整が何年かにわたって行われる、というのが現実であろう。


新月や満月、月の満ち欠け、何時頃に月が如何いう状態にあるかで、多くの人の合意が得られることであるし、広いイスラム世界であるから、ある程度は1日か2日のずれは許容されていたと見做されよう。十二宮や月の二十八宿、北斗七星暦、スバル暦、シリウス暦、スハイル(カノーオウス)暦などの勘案、星や星座の観察で、大きくは日にちがずれないように補いながら。本ブログの星ごよみも、それを端的に実証していよう。