アラブの蜂蜜(アサル)文化(4)     この甘きもの


  アラブ世界では、砂糖生産もナツメヤシの実の熟液デブスの多用も見られたが、「甘い物」の代表は蜂蜜であった。その甘さ加減の具合や描写は、蜂蜜料理のところでいずれ記す。
  「蜂蜜のように甘い」言い回しは、アラブにも古くからあった。預言者ムハンマドの時代、教友アブー・フライラが伝える預言者のハディース(言行録)の中に以下のような話がある:


「世も末になると、宗教の名を騙(かた)って世上を騙(だま)くらかす人々が出て来よう。その語りは蜂蜜のように甘い、がらの心は狼のそれと同じなのだ」。また一説に「彼らの心はアロエ以上に苦いものなのだ」(Dam.Ⅰ134)


  イスラム社会になっても、騙り者は付き合い上手であり、狡猾であり、そして語る時その言葉は「蜂蜜のように甘きもの」であった。日常的にはこのように語られる:


かつて、わしには一人の隣人が居ったのじゃ。しかしその男ときたら、舌は二枚舌、その心は蠍のように性悪であった。その言葉つきも、表面は渇きを癒してくれる、蜂蜜のように甘くやさしく親しみのあるものであったが、その実、内面は毒が絶えず盛られているものであった。わしは、近所付き合いのよしみで、言葉を交わすようになり、偽りの微笑みに騙されて親交を深める羽目に陥ってしまった。
                                       ハリーリー作『マカーマート』第18話より、拙訳平凡社版Ⅱ92


  蜂蜜の甘さはまた、その対称の人なり物なりの人格、品格、美点、特長などを指すことも 多かった。次の事例は、法官として師と仰ぐ人物に弟子入りし、一切を習得しようとする者の語りである:


こうして私は彼にとってもその声の反響する者となることができ、彼のお家のサルマーンとされもした。私は彼の甘い蜜(shahdi-hi)を集め(=彼の美点・利点をよく吸収し)、彼のランドの木の芳(かんば)しさを嗅いだ(=優雅さ・寛大さを味わった)。その一方で係争中の訴訟の事例を目撃したし、時には被告から無罪の者を、原告から有罪の者を暴(あば)く助けとなることもあった。
               ハリーリー作『マカーマート』第37話より、拙訳平凡社版Ⅲ69


引用文中「私は彼にとってもその声の反響する者となる」sirtu sadaa sawti-hi とは、 即応する者、何か事が生じた場合要請に応えて臨席し助言・忠言を行う者。sadaaは呼べば答える「山彦sawtu l-jabal(山の声)、ibnu t-tawd(高山の息子)、ibnatu l-jabal(山の娘)」のこと。諺「山彦のこだまより早い」、「彼の即応振りは山の息子のようだ」などがある。
また「彼のお家のサルマーン」Salmaana bayti-hiとは、サルマーンは預言者ムハンマドの教友。ペルシャ人の知識人で、預言者にさまざまな助言を行った。ハンダク(塹壕)の戦いの折の戦法の助言はよく知られている。預言者の家族は アフル・ル・バイト Ahlu l-Bayt(お家の人々)と親しまれている。この両者を縁語として用いた。
「甘い蜜」ここでは「蜂蜜」シャフドshahd(シュフドshuhdとも)が用いられている。
アサル“asal(蜂蜜)と同義。もっと限定された「蜜の入った蜂の巣」だともされる。「彼の甘い蜜(shahd)を集める」とは彼の美点・利点をよく吸収し、学び取ることを言っている。
「ランドの木」randとは「砂漠の中で生育する芳香を放つ潅木」のこと。ベドウィンは楊枝や歯ブラシとして用いていた。一説ではアースaas(ギンバイカmyrtle)、またはウード “uud(沈香木)とされる。