すなふきん Book Cafe(No.0)

『羊と鋼の森』
  宮下奈都  文藝春秋(単行本)

    ブログ始めました。

    まずは少しでも良いなぁと感じた本の感想をゆるりと紹介する、『すなふきん Book Cafe』シリーズから始めようと思います。
     子どもの頃から本の虫で、多分蔵書は漫画も含めて1000冊は越えてしまっている…。
    ただ、最近は忙しさにかまけて『積ん読』も多くなっているのも事実。
    昔読んだもの、再読したものも含めて、感想を気の向くままにランダムに書いて行こうと思います。
    という事で、未読の方は不意のネタバレ覚悟で、読んでもいいよー、という人は読んでください(^_^)
    雑多に乱読してますが、取り敢えずしばらくは、大好きな小説を中心に綴っていく予定です。

    記念すべき(?)一冊目は
宮下奈都さんの『羊と鋼の森』


   2016年に本屋大賞授賞しています。18年に映画化もされていて、私もスクリーンで見ました。
    と、トップバッターにしておきながら、実は宮下さんの作品はこれが初見(^^;

    でも、読み始めるとすぐに文章と言葉の表現の美しさ、豊かさに引き込まれました。
    情景の心理描写が深い。
    全体的に淡々とした一人称の文体と展開なのですが、読むと映画のワンシーンのように、景色と心の動きが静かに伝わってきます。

『明るく静かに澄んで懐かしい文体、少しは甘えているようでありながら、きびしく深いものを湛えている文体、夢のように美しいが現実のようにたしかな文体』 

    主人公は駆け出しのピアノ調律師。
    物語はピアノとは縁もゆかりもない彼が、高校時代に偶然一人の調律師と、その調律によって生まれた森の静けさや深みが浮かぶ音の景色に出会う場面から始まります。
    上の一節はその調律師・板鳥さんが、主人公の外村君から「目指す音」を尋ねられたときの答え。原民喜という小説家の言葉。音を表す表現としては抽象的で深すぎるように思えるけれど、この物語の核心になる言葉。読み進めるうちに、この言葉の意味が見えてくるような気がします。

    その出会いから、悩み挫折しながらも、調律と音と人の思いを深く捉え、一生の仕事にしていく主人公の一途さがいい。
    一つ一つのピアノの音とそれに関わる人の心に出会う度に、調律師としても人としても成長していく姿がいい。

    話は彼が尊敬する最初に出会った調律師の板鳥さんや、明るく温かく彼を見守る学ぶべきところが多い直属の先輩調律師の柳さん、一見愛想がなくて皮肉屋だけど腕は確かで厳しい現実を教えてくれる中堅調律師の秋野さん、そして顧客である双子の女の子・和音と由仁との関わりを軸にして進んでいく。

    それほど派手な出来事が起こるわけでも無く、静かに穏やかな感じで話が進んでいくのですが、一つ一つのエピソードに意味があって、主人公と一緒に深く考えていくような感覚で読むことができました。
    ピアノの調律という特殊な世界の話ですが、その世界に違和感なく、自然に入り込めるような不思議な魅力を持った小説です。

    ちなみに「羊と鋼」というのは音を生み出す、調律にとってとても大切な、ピアノのある部分のことを表しています。
    「森」というのは調律師の世界らしきことが作中の会話にもでてきますが、主人公の外村君を育んできたもの、彼と調律を繋げたもの、そして彼にとっての目指す音そのものを表現しているように感じました。

    一見乾いた文体で静かな展開だけど、外村君や双子の女の子たちの心の成長を見守りながらラストシーンを読み終えると、温かいものが溢れてくるような、心地よい読後感があります。

    この小説は音の世界を表す言葉たちが秀逸。
    特にラストシーンでは、和音さんの演奏の音、外村君が彼女を思ってぎりぎりまで調律した音、先輩の調律師たちがそれぞれの想いで温かく認めてくれた音を、実際に聴いてみたい思いに駈られました。
    映画では本物のピアノの演奏の音を聴けてしまうのですが、それ以上に深く聴こえてくるような、聴きたくなるような文章の世界、凄いと思います。

    極々個人的には、物語の中盤で音や調律の技術に思い悩む外村君が、自分の追い求める音や調律の世界にぼんやりと気付く場面に惹かれました。

『家の中のどこにいてもなんだか安まらなくて、特に、弟がにこにこと母や祖母たちと話しているとき、ついひとりで裏口から外へ抜け出てしまうのだった。すぐ裏に続いていた森をあてもなく歩き、濃い緑の匂いを嗅ぎ、木々の葉の擦れる音を聞くうちに、ようやく気持ちが静まった。どこにいればいいのかわからない、どこにいても落ち着かない違和感が、土や草を踏みしめる感触と、木の高いところから降ってくる鳥や遠くの獣の声を聞くうちに消えていった。ひとりで歩いているときだけは、ゆるされている、と感じた。
    僕がピアノの中に見つけたのは、その感覚だ。ゆるされている、世界と調和している。それがどんなに素晴らしいことか、言葉では伝えきれないから、音で表せるようになりたい。ピアノであの音を表現したい、そう思っているのかもしれない。』

    この感覚に共感や親近感を持ってしまうのは、山や自然に救いを求める私自身の寂しい現状の故か…(^^;

    でも、ご安心ください。この物語の主人公は壁を乗り越えながらも、周りの人たちとの温かい関係の中で、その答えを見つけていきます。
    ぜひご一読を(^^)