60歳、AIとの新しい朝が始まった。「寝たまま3分」はじめます
はじめまして。神埼恭一です。今日から、このアメブロで新しく「寝たままAI」を始めます。私は現在60歳。AIの専門家でもなければ、プログラマーでもありません。会社員として普通に働いている、いわゆる「オジサン」です(笑)。そんな私がAIを使い始めてから、日常が少しずつ変わってきました。いや、「少しずつ」というより、振り返ってみると結構変わっています。■ 気がつけば、AIとの壁打ちは5,000回以上最初は本当に普通でした。分からないことをChatGPTに聞く。思いついたことを話してみる。文章を書いてもらう。それを読んで、「いや、そこじゃない」「もう少しこうしたい」「だったら、これはどうだ?」と返していく。そんなことを繰り返しているうちに、いつの間にかAIとの「壁打ち」が日常になりました。ChatGPTだけではありません。Gemini、Claude、NotebookLMなども使うようになり、気がつけばAIとのやり取りは5,000回を超えていました。5,000回と聞くと大げさに見えますが、本人にはそんな感覚はありません。毎日ちょこちょこ話していたら、いつの間にかそこまで来ていた。そんな感じです(笑)。■ そして、7,000字のエッセイを書いたAIを使い始める前の自分に、「60歳になったら、7,000字くらいのエッセイを書いて創作大賞に応募するぞ」と言っても、おそらく信じなかったでしょう。ところが実際にやりました。AIと何度も壁打ちしながら、自分の記憶を掘り起こし、構成を考え、文章を書き直す。AIに全部を書かせたわけではありません。材料は、自分の人生です。AIは、その材料を一緒に整理してくれる相棒でした。そして約7,000字の作品として完成させ、創作大賞へ応募するところまでたどり着きました。60歳でも、やればできる。というより、60年間生きてきたからこそ、AIに渡せる材料がたくさんある。最近は、そんなふうに考えるようになりました。■ AIを使ってアメブロを書いたら……もう一つ、面白い経験がありました。AIを相棒にして、2日間でアメブロの記事を約40本書いたことがあります。すると、その約3週間後。出版に関するお話を2件いただきました。もちろん、「AIで40記事書けば出版依頼が来ます!」なんてことを言うつもりはありません(笑)。たまたまタイミングが重なった可能性だってあります。でも、AIがなかったら、そもそも短期間でこれだけ文章を書いて発信すること自体、私には難しかったと思います。AIによって、頭の中にあったものを外へ出す速度が変わった。これは実感しています。■ 今度は「朝3分」の実験を始めましたそして今、私がやっているのが、朝、マイクに向かって約3分しゃべること。起きたばかりなので、頭もまだ完全には目覚めていません。きれいに話そうとも思いません。昨日のこと。昔のこと。今日やりたいこと。突然思いついたこと。とにかく3分ほど、自由にしゃべる。それを文字にしてAIに渡していきます。すると、自分では気づかなかった考え方や、何度も出てくる言葉などが少しずつ見えてくる。もしかすると1年続けたら、「AIから見た自分」という、もう一人の自分が出来上がるんじゃないか?そんな実験です。これを私は、「寝たままAI」と呼ぶことにしました。■ このブログで書いていくことこのブログでは、難しいAI技術を解説するつもりはありません。なにしろ書いている本人が、60歳の普通の会社員です(笑)。その代わり、「普通の人がAIを生活に入れたら、何が起こるのか?」を実体験で書いていこうと思います。文章を書く。自分の記憶を掘り起こす。ブログを書く。アイデアを形にする。副業について考える。そして、自分自身について知る。AIは「質問すると答えてくれる便利な機械」だけではない。使い続けてみると、もっと面白いものなのかもしれません。■ 60歳。まだ夜明けだった。人生60年。普通なら、夕方くらいでしょうか(笑)。でもAIという新しい道具に出会ってから、「いや、ここからまた朝なんじゃないか?」と思うようになりました。だから、寝たままAI。AI初心者の60歳が、これからどこまで行けるのか。成功するのか。遠回りするのか。途中で盛大に失敗するのか(笑)。それも含めて、このブログに残していこうと思います。新しい朝の記録。今日から始めます。神埼恭一記事で書いていました、初のエッセイを応募しました。本編はこちらから、読んで下さい。父の一周忌の朝、私はAIに袖を通した|和のセカンドネーム研究所 所長 神埼 恭一(かんざき きょういち)第一章 夏の歳時記に残った雨 本棚に、歳時記が三冊並んでいる。 春・夏・秋。 冬を、買おうとしていた。その矢先だった。 父が、亡くなった。 夏の一冊を手に取ると、 箱の角は、少し白く浮いている。 きれいだったのに。思い出した。 あれは、九年庵のことだった。 五月三日、早朝の武雄温泉駅、 一番線ホームに九州新幹線の 「さくら」が始発を待って…note.com