2017年5月12日の出来事
まだ肌寒い札幌から30度を超える石垣島へ帰省した
母の見舞いです
私は母が苦手でした。
小言とかあまり言われたことはないのだけど…
大人になったら苦手な人の1人になっていた
なので、本気に向かうこともなく
本音で言うこともなく
半世紀が過ぎていた
あの日
飛行機のなかで、考える時間はたっぷりあった
私は母が嫌いではない
むしろ大好きだった
でも、愛されてないのではないかといつも思っていた
だから
それなら、自分から嫌いになれば良いと思っていた
私よりも
いつも兄を優先し
私よりも
いつも妹や弟を可愛がっていると
思っていた
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大人になり
母親になり
母が入院しても
なお
私が近くにいるよりは
妹が近くにいて
よかった!
と
本気で思っていた
2日前の夜中に妹からの電話があるまで
普段
明るく、朗らかで、社交的な彼女が
なきながら
お願いだから、すぐ帰ってきて
交通費がなかったら、わたしが全額負担するから…
お願いします。帰ってきて母に顔を見せてください
もう生きる気力がなくなってきている
○○(私の息子)が見舞いに来ると言っても
良い反応がない
みーなーの顔見たらさ、元気になると思うわけ!!!
だからさ
お願い
すぐ帰ってきて
と真夜中に電話があった
私は母になって
知っていた
誰が一番可愛い❤️
ってないのを
みんな同じに大好きだし
愛してるし
大切だし
かけがえのない存在だって
知っていた
けど
あの時は
知らんぷりをすることで
何を守っていたのだろう
ちっぽけな自尊心か?
バカだなぁ
お腹の中にいた頃から
すでに
かけがえのない存在だったのに