歴史というほど古くないけれど  70年代 についてちょっと〜 
ファッションや 社会や色々   大人がどっと 増えた 時代でもあります。


親に反対されていて入った美容師学校(当時は株式会社資生堂の管轄)
その年は全国からの受験が 4倍 (選抜地区8倍の所も?) だったとか

いわゆる美容師さんになる だけでなく
技術系では 全国配布 花椿のカバーを仕事する人に 憧れる人も多く

能力系では 香化粧品化学の研究者や ご商売系のための人もいました。


母が
真澄は4年大学も入れるけれど 短大にして というので
その後はどうなるの ? ときくと 幼稚園の先生と言う。

長く働くことが 基本大事 と思い 美容方面の  表現の道に頭角
現したいと 努力しようと  決意したのでした。


美容師学校では 寮に入って 真剣に学業に励みました。

この仕事では 本当に色々経験しました。
大規模なヘアショーや パブリックな雑誌のカバー(海外誌も)


他校とちがっていて 海外研修と修学旅行 もありましたが 
学費や寮費生活費 以外のものは 遠慮させていただきました。


海外は 半分の生徒が 参加しました。他の美容学校に比べ 当時は
学卒の人や 豊かな環境の人も  多かった学校でした。
研修に参加した人たちは パリでヘアショーを見たそうです。

後に働いてから 自分は 毎年 ロンドンに勉強に行きました。
アカデミックなところ 世界からプロフェッショナルが集まるので
教わるというより 互いの感性をぶつけ合う気持ちでのぞみました。
先生たちとも 仲良くなりました。

先生たちが憧れるような イギリスの [ヘア&ビューティ] 誌に 二回ほど
作品掲載されたことがありました。
それは イギリスのアカデミー賞の候補という ことにもなります。

実際 作品で受賞したのは アメリカの賞で ニューヨークに4日間滞在

子供の頃から憧れのアーティストの出身のイギリス ロンドン に
熱が冷めてから 行くことになるとは〜 しかしそこで学んだことは
既成概念にとらわれないといった    感じかな〜 

帰国しての作品掲載   [しんびよう ] か  [女性モード社] の 仕事が多く
コワフィールドパリ (ヘアモード社の国際部出身の方が代表)

  [百日草] という 会社の仕事も うけました。
おそらく 他誌の仕事を 見て の 依頼でしょう。


カメラの方と 意思疎通が できたので お仕事はうけましたが
 作った作品について  後日  呼び出し 目が隠れる長さの作品です。

それは 新しいものを見せるページなはずなので 骨格を考えた上での
バランスは非常に美しいと 自分もカメラの人も納得 したものでした。


 編集の人は 目が隠れているから 会議になったのだけれど〜
               と ここで 負けないのがワタシです。

取り直し 作り直しが必要なら 掲載しなくて結構です。
これは これだから 美しいのです と。
アバンギャルドとか そういった    ワクではないのです。と。

後に また仕事 たのまれたから 駄目ではなかったようです。

そこから   30年は過ぎているけれど      今や テレビでも 町中でも
 目が隠れるバランスのヘア     伸びてそうなっているのではなく
 (サイドやバックと構築的)    今は 街にも  普通に いますよね〜。
自分も 当時やっていましたし。可愛い男子のヘアとか。

そうだ〜  ヘアモードでは [アンドロジナス] という企画で頼まれた事   
あったなぁ〜 
当時
ワタシが出た 出版物 おかげさまで 完売のものばかりでした。
でも 正しいを 主張したいのではないのです。

そういう人であれば 学校の先生からさんざん進められた公務の道に

なっても いいわけなのだから〜


 

[3/5   土]

陽性確認 数 累計の人口割  

 

東京都         1,041,302      / 14,043,239 [ 13人に1人 ] 

三鷹市                  11,237      /      190,907 [ 17人に1人 ]


東京都 病床                    3,654     [ 3.728人に1人 ]
三鷹市 入院と療養者数       1,419  [  146人に1人 ]