ずっとサインがきていた




『123』




それが『日月神示』のことだと理解していた






もう何年も前に

ある方から


日月神示を読んでみるといい、と

教えてもらっていた




ずっと気になっていたのに

今の今まで読まずにきた







その後に色んな出来事が起こり

生き方が変わり始めた


魂を成長させてきた


傷を癒してきた





そしてようやく日月神示を迎え入れた



















サインが123だったので

この本を選んだ








第一巻の上つ巻を読んだ

その中の第14帖にこう書いてある








『この筆よく読んでくれよ。

読めば読むほど何もかも分かってくるぞ。

心とは臣民の申す心でないぞ。

身魂とは臣民の申す身魂でないぞ。

身魂とは身と魂と

一つになっているものを言うぞ。

神の臣民、身と魂の分け隔てないぞ。

身は魂、魂は身ぞ。

外国は身ばかりの所あり、魂ばかりの所あり。

神は身魂の別ないぞ。

このこと分かったら

神の仕組みがボツボツ分かるぞ。

身魂の洗濯とは、心の洗濯とは、

魂ばかりの洗濯でないぞ。

よく気を付けてくれ。

神の申すこと違わんぞよ。』










この意味が今、とってもよくわかる




何年もかけて魂を磨かされてきた

魂の成長を促されてきた


そして昨年末から

今度は、身の洗濯が始まった






何年前も前に人とのご縁により

身の洗濯にとりかかる道に入っていたのに

そこから離れてしまった


その後また、自ら身を汚し続けてしまい

結果、その代償として

本気で身体に向き合わされる形で

身体の浄化が始まった




魂の洗濯もキツかったけど

身の洗濯もこれまたキツい







どちらか片方だけを磨いてもダメなんだ



目に見えぬ領域の魂も

目に見える領域の身も

その両方を磨いてこそなんだ



『二つで一つ』




どちらも重要なんだ










今日もありがとうございますニコニコ