外に出ると、とにかく走った。
雨が降っている。
公衆電話を探す。
Jは携帯電話を持っていた。
番号はポケベルに入れてある。
Jの状況とか
電話に出れるかどうかとか
そんな事は考える余裕がなかった。
とにかくダイヤルする。
数回の呼び出し音の後にJが出る。
「…かかってくると思って、家に帰らないでいたんだ」
状況を話したいが
恐怖と寒さでうまく話せない。
ただならぬ気配を察したJは言った。
「とにかくそこからタクシーに乗って、●●の〇〇〇〇ホテルまで来なさい」
私はタクシーを拾う為に大通りへ出ようと歩き出した。
その時やっと寒さに気付く。
コートも着ていなかった。
顔も、着ていた服も血まみれだったことに気づく。
こんなんじゃ、タクシーに乗れないな・・・・
と妙に冷静に思う。
立ち止まり、逃げる時に掴んだバッグをあさる。
良かった。
化粧ポーチがある。
ファンデーションの小さな鏡を覗く。
酷い顔だった。
鼻から、口から、そして額からも出血していた。
雨水をハンカチに含ませて顔の血をぬぐった。
今思うと
よくタクシーが乗せてくれたと。
タクシーの中で何を考えたのか記憶がない。
ただ、この顔をなんとかしなくちゃと思い
無駄な抵抗なのにファンデーションを塗ったりしていた気がする。
ホテルに着くと
Jが立っていた。
私の頭から自分のコートをかけ、隠してくれた。
一体
いつから待っていてくれたのだろう。
到着した私が
タクシー代がないのをわかっているから
ずっと待っていてくれたのだろう。
安心したのと
申し訳ないやら
情けないやらで
この夜、初めて涙が出た。
部屋に行き、シャワーを浴びて今日はもう寝るようにと言われた。
私は言われるままに動いた。
ベッドに入り
ゆっくりと
ソファに座っているJへ全て話した。
「少し落ち着いたら病院に行こうね」
Jは言った。
当日だったか、翌日だったか
もう記憶は定かではないが
Jに連れられて、ホテルの近くの病院に行った。
診断は
打撲に頸椎捻挫だった。
医者には自分からは何も言わなかったが
医者の方から
『これをやった相手は知っている人?』
と聞いて来た。
『・・・はい。』
私が答えると
診断書を書くから、きちんと訴えた方がいい。
ここまでするのは尋常じゃないよ。
と言った。
待合室のJのところへ行き、そのまま伝えた。
保険証など持ってきていなかった。
全額自己負担だ。
何も言わずにJが支払いを済ませ、診断書も受け取ってきてくれた。
それからの一週間は絶対安静という医者の指示通り部屋で過ごした。
首の痛みもとれ、額の傷も前髪で隠せる位まで治ってきた。
血の付いて汚れた服は
私が知らない間にJがクリーニングしてくれていた。
「銀座に行って、服と、とにかく靴を買っておいで」
Jに言われる。
後から聞いた話だが
Jは初めて会った時から、私の靴がボロボロだった事がすごく嫌だったらしい。
確かに
夜の仕事用に駅ビルで2980円で買った上に、
毎日毎日店で履いて、恥ずかしいほどくたびれた靴だった。
十数年経った今も
その靴を鮮明に覚えている。
安っぽいベロア風の、足首でリボンを縛るデザインの7センチヒール。
都心の一流ホテルの部屋の隅に置かれた
ぼろ雑巾のような靴を。
あれは
あの靴は
Mといた
あの頃の私の象徴だ。
「銀座って、ここからどうやって行くの?ここって何線の何駅??」
私が聞く。
「タクシーに乗って『銀座まで』って言えばいいんだよ」
そう言って財布から札束を渡された。
銀座で
一体何足の靴を買えばいいんだろう。
そう思うほど
今まで見た事もない金額だった。