早稲アカで一番難しいのが、東大の理3だときいて、単純にやる気をだしていた娘。
しかし、医師の過酷な労働状況をしらべて、最近やる気を撃沈させている。


本人のやる気次第だけど、祖父や曾祖父の代まで、我が家は医者だった。

もう何十年も前に廃業したのに、小さな町の人は孫の私にまで挨拶してくださり、何十年もそのままにしている墓にもいつも花を手向けてくださっている。

私は医療には何の興味もなかったけど、そんな眼差しで地域の人々からみられる仕事もよいものだと思っているとだけ伝えた。

 

今は私と同じ情報処理や工学の分野を調べているらしい。
医療系と比べるものではないが、それなりに過酷な経験を私もしている。

 

やる気があれば過酷も楽しいものになるはずだが、娘にとってはどんなものか?

さっそく理1かな?と、単純な娘。

とにかく幸せな人生をおくってほしい。

このところ、ようやく早稲アカや中学校のテキストを処分できた。

部活の後輩が書き込み激しいテキストやノートを欲しがったのであげたとのこと。

 

市販の綺麗な(まったく使っていないもの!!!)は、ブックオフで売った。買った値段の10分の1にもならなかった。

8割がた勉強していた痕跡があったが、1,2割は早稲アカのテキストもまったく使っていなかった。

テキスト代も高かったのにな。。。

 

早稲アカのテキストは全ての講習に参加したので相当な数を強制的に買っていた。

市販の教科書や過去問も結構買った。

子どもが自分から欲しいといったもの以外は、いくらネットの評判がよくても決してやっていなかった。

 

これが自立というものかもしれないし、子どもは受けた高校すべてに受かったので、結果をだしている。

潔く親としての敗北を認めよう。。。

大学受験はどうなることやら。。。

受験した高校すべてに合格をいただき、どうして日比谷を選んだのかをたずねてみた。

子どもと同じ高校を受けて全勝した女子もやはり日比谷を選択した子が数名いるとのこと。

 

1:近い。家から1時間かからない。

2:高校から大学受験をがんばろうという雰囲気があるかもしれない。

 

とのこと。

日比谷男子はまた少し違った雰囲気があるらしいが、女子はだいだいそんなところか。

早くも女子の中でも派閥ができつつあるらしいが、人生で一度の高校生活をたのしんでほしい。

高校受験にあたっては、本人のやりたいことを第一にした。
ただしスケジュール管理は母親の私がやった。
あと、高校見学や説明会の予約も私。
フルタイムの週6勤務の上、コロナだったので予約そのものが本当に大変だった。

人気高校は予約開始直後はサイトにつながりにくい。おまけに勤務中なので、いちいち1分間休憩を申請しなければならなかった。。。

 

早寝早起き

受験にいく日程で毎日起床する。

それよりも早い時間で受験にいく渋幕は半年前にはホテルを予約。

他の高校も1時間程度の電車移動だが、すべて大雪等にそなえてホテルを予約。

ただし、1日前でキャンセル料無料のビジネスホテルだけどね。

おかげで気持ちが楽になった。

 

受験当日は弁当を持たせて、気楽に構えるくらいだった。

後日、受験の朝に「笑わせてくれてありがとう。」と感謝の手紙を卒業式の日にもらった。これで良かったのだと思う。

ちょうど昨年の今ごろは、運動部(このころは週6日)と早稲アカとの両立、学級委員の仕事とどうやりくりするかで本人は悩んでいた。

 

悩んでいたのは、どうしても指示が聞けない部活の後輩や、クラスのメンバー。

何をどう言っても聞く耳もたず。

あげくの果ては、いろんなところに遊びにいき、ノーマスクで咳をまき散らして、某感染症の発生源となり、学級閉鎖においこんだのだそう。

子どもも感染してしまい、某学校の説明会に行けなくなった。

 

社会に出ても一定数、そんな人たちがいるのは確か。

そんな人たちとの距離をどうとるかも勉強なのだけど、なかなか辛いな。

 

家では、ストレスが爆発させ、私もかなり参ったが、自分自身も職場の人間関係で同じことを思うことがある。

「学級委員はつらいな。」「部長もつらいな。」「そんな変なやつの少ないところで生きていけるようにしよう。」

としか、言えなかった。

 

 

部活は、ストレスで三年間で1日だけ、休んでしまった。

顧問の先生にも話をだいぶ聞いてもらった様子がある。

いろいろあったけど7月に無事引退した。

やり遂げる経験が出来てよかったと思う。

 

高校でも運動部に入るらしい。

新宿の某塾と渋谷の某塾と高校、部活の4つをどうやりくりするのか、

ムスメ、がんばれ!

 

子どもは医歯薬理工系に進みたいとのこと。

どにかく文系ではないとのこと。

 

早速、東大専門塾を自分で見学し、入塾試験にでる公立中学では学習しない数1Aや数2Bの範囲を2週間で自学自習し、合格した。なかなかやるな。。。

英語は英語で、某塾を見学し、世界で働く為に頑張るとのこと。

子どもを応援していきたい私だが、もう学力では子どもについていけなくなりつつある。

 

大学は特に東大にこだわってはいないらしい。

しかし、早稲アカの先生から、東大を勧められたらしい。

 

私は何を世の中に還元したいのか。何をやりたいかを考えてほしい。

ババぁになっても、仕事がある職業にしてほしいとだけ伝えている。

応援してるぞ、ムスメ!

子どもの志望校は、日比谷高校だった。

 

日比谷高校コースとするかと思いきや、慶應女子特訓コース・国立開成必勝に一貫していっていた。

 

子ども曰く、慶應女子の方が入試のレベルが高いから

とのことである。

 

でも、筑波大附属と慶應女子にも合格させていただいたが、子どもは選択しなかった。

明後日はいよいよ日比谷高校の入学式に参加する。

高校3年から、東大に努力してむかう雰囲気が日比谷の方があるから、選んだのだそうだ。

そのような情報は、スタディプラスや、高校にいった先輩からきいているらしい。

3/3都立高校合格発表の日

某都立中専門塾から3年ぶりに着信があった。

用事をしていて単純に出られなかったのだが、出なくでよかった。

 

在塾中から噂されていたけれどほんの数時間でも在籍していたら、その生徒の合格を実績とするらしいと。

子どもが高校受験全勝したのは、早稲アカのおかげ、子どもの3年間の努力だと思うので

その塾からの電話に出なくて本当に良かった。

個別に本当にお世話になったと思う先生はいると思うのだけれども。

 

 

早稲アカも体験してみると、早稲アカの方がシステマティックで明確だと思う。

高校受験の個別受験スケジュールまで何度も組んでくれて本当に感謝している。

某塾ではなかったサービスだ。

 

子どもは、日比谷に進学することを決めたけれども、

すでに大学受験にむけて自分で塾を調べ、入塾試験にも合格した。

日比谷でも良い学びを経験できそうだけれども、高校や大学の先輩方からいろいろ訊いて本人が決めてきた。

合格してから友達と遊びに行ったけれども公立中で勉強していない数1Aや数2Bを自学自習して入塾試験に合格した子どもは頑張ったと思う。これから成人までの3年間、独り立ちするまでに、あと一歩アシストしていこうと思う。

高校受験の流れに従って、ブログに残そうとしたが、すでに忘れそうなので、覚えているところから書く。

 

高校の受検写真、公立中学校だが、秋に学校でとってくれ、データ配布された。もちろん有料だがこれは便利。

都立高校の申し込みは、途中中学校の手続きをはさむ。これがあるので本当にデータ送信されたかどうか本当に不安だった。(先生、疑ってごめんなさい)

 

 

渋幕の受験

我が家は東京西部の為、前泊した。

可能な限り早く予約をした。

どうせ緊張で食べられないので、食事なしのプラン。近くでイオンがあったのでそこのお弁当をホテルで食べた。これでよかった。

イオンはとても便利で泊まりの荷物をコインロッカーに預けることもできてよかった。

渋幕は特待で合格をくださった。

内申書にどんな情報が載っていたのか不明だが、通える距離でもないにも関わらず、純粋に受験の内容をみて判断してくれたことに感謝している。おかげで子どもに自信がついたと思う。

 

早大本庄の受験

高田馬場の早稲田で受験するが、最寄り駅から案内の学生さんがいた為、迷わずに会場入りできた。本当に親切。

親の待機会場では寮の説明もしてくれていた。

 

慶應女子

駅からの案内を早稲田のようにしてくれるのかと期待してしまったが、それは無し。

しかし、校長先生と思わしき方が、何度も来ているのに道に迷ってギリギリに到着した娘に、

「だいじょうぶよ。がんばってらっしゃい。」と声掛けしてくださり、親子で本当に救われた。

ちなみに試験発表は、受験票さえあれば本人じゃなくても親だけでも合格書類をもらえる様子だった。

 

筑波大附属

ここが一番セキュリティがしっかりしていた。

某方がいたので当然かと思う。

受検時間後は鉄緑やSEGのパンフレットをたくさんもらえる。

合格書類もネット完結で助かった。

もちろんあとから入学者説明会はある。

 

日比谷高校

受験の日にテレビの取材があって、映されてたまるものかと奮闘した。

合格発表のその日のうちに書類手続きやら制服の採寸等、怒涛の勢いでやる。

親の私もついていって本当に良かった。

こちらも鉄緑やSEGのパンフレットもらえる。

 

子どもは、中学生になっても迎えが必要だった。

夕方以降の暗さや人気のなさで、到底女子一人では歩かせられないと私が判断したからだ。

結果3年間のほとんどの迎えをし、塾まで送り届けた。

さらに塾の迎えもおこなったので、私は相当忙しかった。

 

2年生になり、渋谷や新宿での集中特訓や開成国立必勝等の講座の送り迎えも本当に忙しかった。

 

早稲アカに転塾してすぐの試験でB特待をもらったが、2年生の夏までは、特待をもらえなかった。

しかし集中特訓や特別講座の授業が性に合っていたのか、2年の夏にB特待をもらい、3年の前半3か月間にまた特待から外れたが、卒塾までB特待をもらえた。

特待がもらえなかったら、到底やりくりできないほどの金額だったと思う。

しかし費用対効果はあったと思う。

 

部活や塾、模試、学校見学、地方に住む高齢の祖父母の見舞いで親子で休みと言えるのは、中学生になってから年に2,3日だったと思う。