1.
https://www.youtube.com/watch?v=egEoMQDvyOo&t=258s
この武田先生のビデオによると、今のいじめは昔のいじめとは違うという。
普通の子がいじめている意識を持たずに、いじめる。
クラスの全員が同じ考え・意識を持つようにピリピリしている。
その中で誰かが全体と調子が合わなくなるといじめが始まる。
全員がその個人を問題視し、彼または彼女と同調すると自分もいじめの対象になる。
まず、いじめというものはこの世からなくならない。
人間は生まれながらに堕落しているので、いじめる人といじめられる人は必ず現れる。
この世界に病原体が存在するのと同じ。
病原体やウィルスなどなくなればいい、と思うのは勝手。
神はわれわれを「問題のある世界」に生まれさせ給うた。
それゆえ、われわれには「問題のある世界で生き延びる方法を考え、実行する」責任がある。
いじめがあってそれが解決しないのであれば、環境を変える。
自分が学習できる環境を求めて様々な方法を模索する。
「何が正しいか、よりも、どう周囲と調和するか」が重要な環境が自分にとって嫌なら、学校を変えるか、自宅学習にする。
大人の社会は「嫌な人とも付き合っていかなければならない」社会ではない。
大人は自然と、自分と似ている育ちや性格、階層の人々の集まるところで働き口を探す。
仕事場が不快極まりなければ、辞めて別な職場を探す。
子供にもそのような自由を与えるべきだ。
そして、そもそも、親がきちんと神への信仰を確立し「神の国とその義を第一にすれば最善の道が開かれる」と考えることができなければならない。
御言葉に基づく教育を与えるために努力すれば、必ず道が開けて、そのような学校や教育環境に巡り会えると信じるべきだ。
どの学校もダメなら、自分が家庭で教育するという選択肢もある。
ノーベル賞で有名なアルフレッド・ノーベルが学校に通った期間は18カ月間だけであった。
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2.
ヴァン・ティルの弁証論を学ばない限り、いかなる人間も、教育において失敗する。
なぜならば、この世界でもっとも重要な真理を学ばないから。
この世界でもっとも重要な真理とは、
この世界は、聖書の神によって創造された世界であり、それゆえ、神の契約によって絶対的に支配されている。神から独立した領域は一つもない。すべてが神との契約の枠組みの中で解釈されるべきである
ということである。
聖書は、人間の認識の前提である。
「聖書は正しいか」と問うてはならない。
聖書が基準なのである。
聖書の世界観に基づいて人生を歩み、神の栄光のために一生を使わない人の人生は失敗である。
それゆえ、このような事実を教えない学校も教師も、偽預言者であり、教育者として落第である。
子供には「自分が見、手にするあらゆる物を、神の契約の枠組みで解釈せよ」と教えるべきである。
「あなたは神の栄光を表し、神のために地を従える使命を帯びて生まれてきた。それゆえ、聖書の御言葉に従って被造物を管理し、発展させなさい」と教えるべきである。
この大原則を伝えることに失敗するならば、全部失敗である。
3.
すべての教育者は、カルヴァン、アブラハム・カイパー、ヴァン・ティル、ラッシュドゥーニー、ゲイリー・ノースという、正統派キリスト教の流れをおさらいすべきだ。
彼らの著作を熱心に読み、神学的なスタンダードをマスターすべきだ。
スタンダードをマスターしないうちに、牧師や伝道師、教師になるべきではない。
世界は、偽預言者の組織的な嘘の拡散によって騙され、漂流している。
子供たちに、この世界を被造物として見せず、神とは別に自存するもの―つまり、自然秩序―として見せるから、子供たちは、法を失い、生きる指針を失う。
世俗の学校だけではなく、教会ですら、ローマ・カトリックの自然主義を教えている。
本来、教会は「この世界は神が無から創造されたので、神の法が支配しない領域は一つもない」と教えるべきであるが、「神のものでも、サタンのものでもない中立な領域がある」という考えを教えている。
福音派は、セオノミー(神の法)を教えた私を追い出した。
「律法は人生を豊かにするための最短コースを示すロードマップである。」と説教した私を、神学校の教師は責めた。
こんなに聖書から離れ、反律法のキリスト教は、もはやキリスト教とは呼べない。
読者はご承知のことと思うが、マトモナ主張をしている教会やクリスチャンの団体はきわめて少ない。いわば「絶滅危惧種」である。
どうか祈ってください。