1.

YouTubeを見ていると、投資を勧める様々な広告が流れる。

私はそのほとんどが騙しだと考えている。

毎日〇万円を稼いでいるとの体験談。彼らが、本当に稼いでいるのか、そして、今後どのようになるかわからない。

富というものがそんなに簡単に手に入るとは思わない。

しかし、実際に富を得ている人がいる以上、何か方法があるということも事実なので、すべての努力が無意味だとも思わない。

2.

富を得るもっとも確実な方法は、クリスチャンになることである。

なぜならば、クリスチャンには、神の祝福を取り次ぐ務めが与えられているからである。

現在、世界の富の過半数がキリスト教徒によって所有されている。

キリスト教文化圏において、資本主義が生まれ、株式会社制度が生まれ、近代科学が誕生し、富の蓄積が実現した。

3.

御国は種であり、発芽し、大きな木になる運命である。


イエスは、また別のたとえを彼らに示して言われた。「天の御国は、からし種のようなものです。それを取って、畑に蒔くと、
どんな種よりも小さいのですが、生長すると、どの野菜よりも大きくなり、空の鳥が来て、その枝に巣を作るほどの木になります。」(マタイ13・31-32)


御国はパン種(パン酵母)であり、粉全体に影響を与える。


イエスは、また別のたとえを話された。「天の御国は、パン種のようなものです。女が、パン種を取って、三サトンの粉の中に入れると、全体がふくらんで来ます。」(マタイ13・33)


AとBという二つのパン生地があり、Aには何も入れず、Bにはパン種を入れると、Aはそのままで、Bは発酵して膨れ上がる。

これと同様に、福音が伝えられた民族は発酵して活性化し、全体が成長する。

ヨーロッパやアメリカの力の源泉は、福音にある。

ヨーロッパ文明の発達の源泉は、福音であり、御国である。

4.

逆に、悪魔が働くと、その民族は不活性化し、保守化する。

できるだけ冒険を避け、今持っているものを守り、リスクを回避し、突出して目立つことを避けるようになる。


そして人々に言われた。「どんな貪欲にも注意して、よく警戒しなさい。なぜなら、いくら豊かな人でも、その人のいのちは財産にあるのではないからです。」
それから人々にたとえを話された。「ある金持ちの畑が豊作であった。
そこで彼は、心の中でこう言いながら考えた。『どうしよう。作物をたくわえておく場所がない。』
そして言った。『こうしよう。あの倉を取りこわして、もっと大きいのを建て、穀物や財産はみなそこにしまっておこう。
そして、自分のたましいにこう言おう。「たましいよ。これから先何年分もいっぱい物がためられた。さあ、安心して、食べて、飲んで、楽しめ。」』
しかし神は彼に言われた。『愚か者。おまえのたましいは、今夜おまえから取り去られる。そうしたら、おまえが用意した物は、いったいだれのものになるのか。』
自分のためにたくわえても、神の前に富まない者はこのとおりです。」(ルカ12・15-21)


神を度外視した蓄財は、貪欲であり、自分が蓄えたものは、他人の手に渡る。

5.


それから弟子たちに言われた。「だから、わたしはあなたがたに言います。いのちのことで何を食べようかと心配したり、からだのことで何を着ようかと心配したりするのはやめなさい。
いのちは食べ物よりたいせつであり、からだは着物よりたいせつだからです。
烏のことを考えてみなさい。蒔きもせず、刈り入れもせず、納屋も倉もありません。けれども、神が彼らを養っていてくださいます。あなたがたは、鳥よりも、はるかにすぐれたものです。
あなたがたのうちのだれが、心配したからといって、自分のいのちを少しでも延ばすことができますか。
こんな小さなことさえできないで、なぜほかのことまで心配するのですか。
ゆりの花のことを考えてみなさい。どうして育つのか。紡ぎもせず、織りもしないのです。しかし、わたしはあなたがたに言います。栄華を窮めたソロモンでさえ、このような花の一つほどにも着飾ってはいませんでした。(ルカ12・22-27)


「いのちのことで何を食べようかと心配したり、からだのことで何を着ようかと心配したりするのはやめなさい。いのちは食べ物よりたいせつであり、からだは着物よりたいせつだからです。」

食べ物や着る物について心配するべきではない。

なぜならば、神がわれわれのいのちについて心配してくださるから。

鳥や花を見れば、神のご配慮について確信できる。


しかし、きょうは野にあって、あすは炉に投げ込まれる草をさえ、神はこのように装ってくださるのです。ましてあなたがたには、どんなによくしてくださることでしょう。ああ、信仰の薄い人たち。
何を食べたらよいか、何を飲んだらよいか、と捜し求めることをやめ、気をもむことをやめなさい。
これらはみな、この世の異邦人たちが切に求めているものです。しかし、あなたがたの父は、それがあなたがたにも必要であることを知っておられます。
何はともあれ、あなたがたは、神の国を求めなさい。そうすれば、これらの物は、それに加えて与えられます。
小さな群れよ。恐れることはない。あなたがたの父は、喜んであなたがたに御国をお与えになるからです。(ルカ12・28-32)


生活に関する心配は異邦人の特徴である。

クリスチャンはもっぱら「神の国を求めなさい」。そうすれば、生活に必要なものは与えられる。

「あなたがたの父は、喜んであなたがたに御国をお与えになる」

つまり、福音が勝利し、われわれの回りに神の国が拡大することは、御父の計画であり、御父は喜んでそのことを行ってくださる。

だから、あの金持ちのように倉を増築して、安心しようと考えるのではなく、生活に関する心配をそっちのけにして、神の国のために働くべきである。

神の国のために働けば、身の回りのことはすべて整う。

6.

われわれが第一とすべきは、富の獲得ではなく、神の国の拡大である。

富は、神の国のために働くときに「添えて」与えられる。