種蒔く人は、みことばを蒔くのです。
みことばが道ばたに蒔かれるとは、こういう人たちのことです――みことばを聞くと、すぐサタンが来て、彼らに蒔かれたみことばを持ち去ってしまうのです。
同じように、岩地に蒔かれるとは、こういう人たちのことです――みことばを聞くと、すぐに喜んで受けるが、
根を張らないで、ただしばらく続くだけです。それで、みことばのために困難や迫害が起こると、すぐにつまずいてしまいます。
もう一つの、いばらの中に種を蒔かれるとは、こういう人たちのことです――みことばを聞いてはいるが、
世の心づかいや、富の惑わし、その他いろいろな欲望が入り込んで、みことばをふさぐので、実を結びません。
良い地に蒔かれるとは、みことばを聞いて受け入れ、三十倍、六十倍、百倍の実を結ぶ人たちです。」(マルコ4・14-20)


われわれが実を結ばない要因は次のとおり:


(1)サタンによる御言葉の持ち去り
(2)みことばのための困難や迫害
(3)世の心づかいや、富の惑わし、その他いろいろな欲望


御言葉は、種である。

その種には、大きな木になって、実を結ぶ潜在的な能力がある。

林檎の種には、将来、育つと、大きな木になって、そこに林檎の実がなる可能性が秘められている。

それゆえ、御言葉にも、神の国の実を結ぶ潜在的な能力がある。

種がその潜在的能力を発揮できるかどうかは、蒔かれた土地によって大きく左右される。

(1)サタンによる御言葉の持ち去り

種が、畑ではなく、道路などの目立つ場所に蒔かれると、鳥に食べられて消えてしまう。

サタンは常に、御言葉を持ち去ろうとしている。

心が「御言葉の畑」ではなく、サタンが持ち去りやすい状態にある人は、御言葉を聞いてもすぐに「聞かなかったこと」にする。

(2)みことばのための困難や迫害

岩地に落ちた種は、すぐに発芽するが、根が深く張っていないので、日照りによって枯れてしまう。

逆境に弱い。

私が学生時代に多くの人々が教会に来て福音を聞き、教会活動をしていたのを覚えている。

彼らの何%がいまもそれを信じ続けているだろうか。

多くの人々が、クリスチャンであることが邪魔になって信仰を捨ててしまったことだろう。

「根を張らない」は原語では「自分のうちに根を持たない」。

根は、地中の水分や養分を吸い上げて体の部分に届ける役割を果たす。

逆境に弱い人は、地中深くに降りた根を持たず、それゆえ、水分や養分の補給に難がある人である。

水分や養分は神からやってくるので、神のところに届く根を持っていない。

神とのパイプがない人は、都合が悪くなるとすぐに信仰を捨てる。

ちょっとしたことで躓く人は、「そういうふうに生まれてきた人」なのである。

人間とのパイプはたくさんあるが、神とのパイプがない。

神がご自身の決定によって、その人との間に太いパイプを作ることを望まれなかった。

根無し草なので、人間的な判断を下して、すぐに躓く。怒りっぽくて気分屋。

(3)世の心づかいや、富の惑わし、その他いろいろな欲望

心配や欲望は、種の発芽と生長を阻害する。

いろんなところに気が散る。

「世の心づかい」は原語ではαι μεριμναι του αιωνοs τουτου(the cares of this age)。つまり、「この時代の心配」。

現代の心配によって、御言葉の種は生長を阻害される。

現代の心配とは何か。

「新型コロナにかかるんじゃないか」「ワクチンをどうする」「尖閣をどう守るか」・・・

これらに関して適度の心配は必要である。


塔を築こうとするとき、まずすわって、完成に十分な金があるかどうか、その費用を計算しない者が、あなたがたのうちにひとりでもあるでしょうか。(ルカ14・28)


「現代の心配はよくない。無計画がいいんだ」とはならない。

正しく心配することは必要である。そうでないと、仕事がいい加減になる。

正しい知識を得て、新型コロナに対処することは必要。

問題は「過剰な心配」である。

「マスク着用義務」などは、過剰な心配。

なぜならば、非科学的だから。

マスクの目の大きさは、ウィルスの30倍である。30倍の目の網戸を何枚重ねても蚊は素通りする。

透明シートやフェイスシールドは無意味。ウィルスは、迂回するから。

これらの過剰な防御策を講じているクリスチャンがいたとすれば、それは、無知・怠惰なクリスチャンである。

正しい知識を集めることを放棄して世の流れに従っている。


この世と調子を合わせてはいけません。いや、むしろ、神のみこころは何か、すなわち、何が良いことで、神に受け入れられ、完全であるのかをわきまえ知るために、心の一新によって自分を変えなさい。(ローマ12・2)


「富の惑わし、その他いろいろな欲望」

だいたいの現代人が、この「富の惑わし」に騙されて貴重な一生を無駄にしている。


金銭を愛する生活をしてはいけません。いま持っているもので満足しなさい。主ご自身がこう言われるのです。「わたしは決してあなたを離れず、また、あなたを捨てない。」(ヘブル13・5)

金銭を愛することが、あらゆる悪の根だからです。ある人たちは、金を追い求めたために、信仰から迷い出て、非常な苦痛をもって自分を刺し通しました。
(1テモテ6・10)


「わたしは決してあなたを離れず、また、あなたを捨てない。」

生活に関しては、神が保証してくださる。

心配や欲望によって、御言葉の種の生長は阻害される。

新型コロナやワクチンに関して、正しい知見を持つ医者や学者たちが沈黙している。

社会的な立場に影響があるからである。

彼らは、自分を守ることによって、かえって自分を殺していることに気づいていない。


自分のいのちを愛する者はそれを失い、この世でそのいのちを憎む者はそれを保って永遠のいのちに至るのです。(ヨハネ12・25)


永遠のいのちを得る人は、「この世でそのいのちを憎む」。