神の律法
―その今日的意義と限界―
序
アブラハム・カイパーは再生者と非再生者の対立は、けっして 「信仰と理性の対立」ではなく、再生者の自己意識と非再生者の自己意識の相違にあることに着目し、「2種類の人間」と「2種類の科学」の主張に画期的な 「対立の原理」を見出した。しかしこの対立は自然科学などの領域で 「認識の共通領域」を認めたため、不徹底なものであった。ヴァン・ティルやドーイウェールトにおいて、この対立原理は徹底され、再生者と非再生者の間には、いかなる領域においても 「共通領域」は、倫理的認識的に承認されないことが結論された。しかし、同時に、再生者と非再生者との共同的活動が可能な領域が全く存在しないと結論されてもいない。それはカルヴァンにおいて、世俗社会における再生者と非再生者の共同の政治的参与の可能性を「法の種子」である自然法の普遍的存在の中に求めたことの中にもすでに見られる。
神の似姿を持つ者としての人間に一般に存在する「宗教の種子」「神聖感覚」と「法の種子」「法感覚」が非再生者における市民的正義や諸学の建設の可能性の根拠を形成することは認めることができる。
しかし、歴史的に見て、再生者と非再生者の共通活動の基盤として許容された自然法が、結果として、人間の非再生的理性の自律的領域の建設を許したということは認めなければならない。自然法に基礎をおいて作られた近代諸憲法が、人間を主権として立て、民意を絶対者として置いている所から、今日の社会のさまざまな問題が発生している。
本稿において、自然法に基礎づけられた社会の限界(I)、律法の今日における有効性(II)、そして、神の世界支配における律法の役割と限界(III)について論じ、今日における律法(Law of God)―モーセに与えられ、預言者、キリスト、使徒において確認され広げられた神の御意―の意義について考察したい。
I
初代教会の誕生以前、世俗社会における国家の政策決定の主体は、自律的(autonomous)な政府と、自然理性であった。polisは、自ら作り出した法(civil law)に従って、その進むべき方向を決定していた。
しかし、教会が信条を形成するようになって、次第に社会に影響を及ぼし始めると、教会はcivil lawをも再編していった。polisにいっさいの権威と倫理性の基礎を置いていた古代異教社会に対して、正統的キリスト教会は、すべての領域における神の主権性を主張していたからである。国家の主権は、キリストの主権によって挑戦され、教会の信条は信徒だけではなく、社会全体を神の律法に服させることに努めていた。ローマ帝国政府が神々を崇拝していた時、キリスト教会の一貫した態度は、異教の神々への崇拝の拒否と、すべての領域におけるキリストを中心とした価値体系の再編であった。1
国家は、キリストと、その御言葉の元で正義を行うために遣わされた僕であり、2 キリストが絶対的権威を持つのに対し、それは派生的権威でしかなかった。しかし、唯名論の台頭期、中世ローマ教会が、信条を聖書の啓示から分離し、トマス・アキナスが、自然と恩恵の二元論によってこの傾向を促進した結果、国家は再び聖書啓示とは独立した分野として自律的権威を与えられた。すなわち、唯名論と二元論は、自然理性を聖書啓示から独立させ、政治的領域を聖書と神の律法から離れた領域へと移してしまったのである。宗教改革はこの傾向に対し、神の律法の元における全領域の統合を主張した。
ジャン・カルヴァンは、国家の自律的権威に反対し、教会と共々に、神の権威の元に、すべての権威を派生的・相対的権威として位置づけたのであった。彼は、国家に対するキリスト教的視座を再設定し、国家が教会にではなく、神の主権の元に独立した領域として服従し、並立すべきであると考えた。カルヴァンにとって、神の主権とは、神の律法に表された絶対不変の秩序であり、為政者はそれを実行するものとしてのみ、真の為政者であり得た。彼にとっても、為政者は神の僕であったのである。綱要II・7・13において、彼は次のように主張している。「律法のうちに絶対的な義の例証が示されている。」そして、この律法とは、「すべての時代に適用され、世の終わりまで有効である。」
これに対し、啓蒙主義においては、近代国家の自律性が主張された。
「17世紀において、西洋における、1000年の歴史の中で、初めて大規模に、宗教的に中立な文明、即ち、政治的、経済的、倫理的、そして知的に、キリスト教から独立した社会構造を築き上げるという企てがなされたのであった。
現代の西洋文化は、・・・明確なキリスト教的方向性をも文化から解放することによって、それ以前の文化と区別されるだろう。・・・近代国家は、キリスト教社会の「世俗的手段」として奉仕することを徐々にやめ、キリスト教社会の政治的影響力は、副次的位置に低下し、間接的な意見表明がなされるのみになった。近代の政治思想は、行政力を、聖書啓示や教会の権威の恩恵によらずに、人間一般に存する性質としての政治的構想力に見出したのである。・・・これら国家は、自らの決定を、いかなるキリスト教的傾向からも自由に、自然理性によって形成されたものとして捉えてきたのであった。そして、この傾向は、19世紀にも続き、国家の宗教的中立へと道を開いていったのであった。」3
聖書に対する批判が強くなっている今日においては、もはや、行政権が究極的に神に属するなどと考える者はほとんどいない。今や、世俗的権威は、「社会契約」という統治される側の合意の結果であると考えられている。神の御意や律法の支配に代わって、今日では、政府は人間の願望の達成の道具となっており、それを動かす「社会契約」は、国家にとって至高者として君臨している。
ここにおいて、国家は神の義が社会を支配するために立てられた代理者としての地位から解放され、その支配は神の主権とは無関係な政治的・法的規準によって運営されるようになった。その代わりに、統治権は誰であれ、権力を掌握したものの上にある。4 したがって、近代の「中立的」国家の歴史と政治的発展の過程は、次のウィリアム・ペンの予言を確証していると言えよう。
「人間は、神によって統治されるか、さもなければ、専制君主に統治宣言をさせるかのどちらかを選択しなければならない。」5
神の主権のない所においては、人間理性が主権になる。そして、それは国家の絶対権を容認するようになる。6「国家は絶対精神を地上に受肉させる。」(ヘーゲル)「国家は国民を支配する。なぜならば、それのみが国民を象徴するからである。」(ヒトラー)
神に代わって主権を持った人間理性は、聖書の示すとおり、サタンの支配下にある(ルカ4:6)。神からの自由は、サタンへの隷属である。7
今日、民主主義諸国における主権は、国民にあり、国民の作った法は、形骸化し倒錯した社会福祉と予算編成、国際秩序維持だけのための武力介入などを決定している。しかし、これらの政策は、神の律法が目指すところの、愛に基づく、高い水準の義と倫理的義務の実行とは全く異なったものである。政治的・法的領域をはじめとして、すべての領域における法秩序は、神の道徳的律法の前提の元に成り立っている。8 しかし、カントが法学と倫理学を分離し、それぞれ別領域として、法の中から倫理性を取り去って以来、法は倫理的に中立な(neutral)法となった。
日本において昭和23年に制定された優生保護法は優生なもののみが価値があるとする人間社会の自律的倫理によって、57万人もの公然の殺人を許している。10 アメリカの中米政策は、共産主義勢力の阻止のためならばどんな抑圧的政権でも支持するという、政府の方針に基づいて決定されている。11
今日、神の律法に基礎を置かない法律によって、社会の崩壊が進行している。カント以前において、法は、自然法を基礎として形成されていた。自然法は、あらゆる実定法を規定する法の法として、古代ストア以来、正邪の究極的な尺度と目され、17、18世紀に隆盛を見たのであるが、カントが、権利問題と事実問題を峻別して、宗教的なもの道徳的なものの領域と法の領域を分離して以来、攻撃され、駆逐されてきた。12 自然法は、人間の理性に対する信頼に基づいているので、人間の自律的分野を形成する余地を残している 13 という意味で、反キリスト教的であるが、14 それでも倫理性を、不完全ながらも神の似姿としての人間の良心に基礎づけていたので、ある程度の歯止めがあった。しかし、カント以降、「物自体」を認識不可能として駆逐し、宗教的なことや倫理的なことと、現象の世界とを二分してしまった結果、人間社会には、倫理性を決定するいかなる基準もなくなってしまった。この結果、社会の中に、この思想のもつ無政府主義的性格は徐々に浸透し、今日その影響はあらゆる領域に見られる。15
戦後の学校教育は、戦前の誤った道徳教育の反動として、倫理的中立を主張し、あらゆる道徳教育を否定し、愛国心や民族意識を危険視してきた。このため今日、日本においては、道徳的に確かな基準を持って育てることのできる親も、道徳的な教育ができる教師も少なくなり、その結果、学校を偏差値で決める歪んだ受験体制が生まれ、子供たちは道徳を失って校内暴力、陰湿なイジメ、非行に走り、学校教育、家庭教育に重大な荒廃がもたらされている。
つづく