それでいいのか

ほんとに

履歴書の性別欄「男・女」の選択から任意記載に 性的少数者に配慮 #ldnews

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バフォメットが表すサタンは両性具有の「単一性絶対主義者」。

神は三位一神であり、複数性と単一性が究極的に調和している。

神が複数であるのと同時に単一であるがゆえに、この世界も単一の原理が多様に適用されている。

神は三位おられ、究極的に(=どこまで突き詰めても)多様であられるが、契約によって法人を形成し、一人として行動される。

ここに「契約」とか「約束」「法」が「究極的に」重要である、ということの根拠がある。

神が近親結婚を奨励されないのは、結婚を通じて「契約の重要性」を示しておられるから。

血がつながっていない二人が「結婚という約束」によって「一心同体」となること。

これは、神ご自身を象徴している。

三位の神は、それぞれ互いに別個の存在であるが、約束によって一人の神として存在される。

それくらい約束は重要なのだと。

神と人間は互いに契約を結んで、「契約的に一体」になったが、人間がその契約を破った。

この契約違反を解消するために、父なる神は子なる神を人として地上に使わして十字架につけ、すべての契約違反の責めを彼に負わせ給うた。

御子を犠牲にするほど神は契約を重視しておられる。

御子を犠牲にせずに人を赦し、「固いこと言わない。なかったことにする」ならば、神ご自身が自分が立てた法や契約を反故にすることになる。

どのような職場でも、規則に反する行為を許す管理者は、秩序破壊者であり、速攻で首になる。

規則違反者を罰することなく許せば、規則を廃止したも同然である。

なぜキリストは十字架につかなければならなかったのか。

それは、神が契約を「究極的に」重視しておられるからである。