1.
新約聖書の使徒行伝で、弟子たちが「今こそイスラエルを再興してくださるのですか」と尋ねると、イエスは「その時は神が定めておられる」と言われ、否定されなかった。
紀元70年にパレスチナにあったイスラエル国は滅亡し、ユダヤ人は世界に離散したが、クリスチャンの集団だけはエルサレム包囲の直前に脱出し、東へ向かったと記録にある。
東大名誉教授江上波夫氏によると、彼らは紀元2世紀に日本にたどり着いたという。これが正しければ、日本は「再興されたイスラエル」ということになる。
日本の国体が「ユダヤ系キリスト教」であることは、神道の総元締めである八咫烏が「十二使徒の末裔」を自称し、3(金鵄)-5(五龍)-4(大烏)の構成になっていることから明らか。
五龍の下に、秦氏系企業1800社(三井グループ)があり、日本の経済を支配している。
2.
創世記に記されているエデン山とエデンの園の関係は、神の世界統治の方法を示している。
エデン山に祝福の雨が降り、それが川となって、中腹にあったエデンの園に入り、園全体を潤していた。
そして、園から4本の川が流れ全地に広がっていた。
そのエデンの園にアダムが置かれた。
これは、アダムが、神の祝福を世界に広めるために造られたことを示している。
3.
ノアの箱舟がアララテ山に漂着し、麓にあるハランにヘブル人が住んでいた。
そこには、カナン人はいなかったので、イサクの嫁選びはハランで行われた。
ここから、洪水後、アララテ山は「第2のエデン山」であり、ハランは「第2のエデンの園」として存在していたことがわかる。
アブラハムがハラン出身であること。イサクの嫁を、カナン人がいるパレスチナでは選ばずわざわざハランまで行って探したこと。
これらは、ユダヤ民族の役割を暗示している。
すなわち、ユダヤ民族には「エデンの園から出て、地を従える第2のアダム」の役割が与えられていたのである。
実際、ユダヤ民族からイエスが出て、第2のアダムとなり、世界の統治者となられた。
イエスは近づいて来て、彼らにこう言われた。「わたしには天においても、地においても、いっさいの権威が与えられています。(マタイ28・18)
4.
エルサレムに建てられた神殿は、エデン山(至聖所)とエデンの園(聖所)、全地(庭)を象徴していた。
5.
ユダヤ民族の役割が終了した紀元70年に、神殿の役割も終わった。
世界は新しいシステムに移行した。
ある特定の山がエデン山ではなく、ある特定の場所がエデンの園ではない。
クリスチャン一人一人が、エデンの園となった。
わたしを信じる者は、聖書が言っているとおりに、その人の心の奥底[原語では「腹」]から、生ける水の川が流れ出るようになる。」(ヨハネ7・38)
信仰に入ったばかりのある日、自分の腹から水が流れ出るように感じ、驚いたことがある。
神ご自身が「エデン山」となり、クリスチャンが「エデンの園」として神の祝福を仲介し、世界が祝福される構造となった。
5.
1で述べたように、再建を約束された真のイスラエル民族(つまり、ユダヤ系クリスチャン)は、日本に移動し、そこに土地を与えられた。
アララテ山そっくりの富士山は「再建されたイスラエルにとってエデン山」となっただろう。(*)
(*)
1.徐福が筆録したといわれる、麓にあった「富士王朝」は、古代の人々によってエデンの園として作られたのではないだろうか。
2.ちなみに、昔、仕事でアルメニアの首都エレバンに行った。
朝、ホテルの窓を開けると、そこに、富士山と同じコニーデ型の巨大な白いアララテ山がそびえ立っていた。
3.ラッシュドゥーニーはアルメニア人であり、アルメニアに紀元前8世紀から続くウラルトゥ王国の王の末裔である。
紀元70年以降の、新約世界は、富士山から出発したのかもしれない。