エリシャはそこからベテルへ上って行った。彼が道を上って行くと、この町から小さい子どもたちが出て来て、彼をからかって、「上って来い、はげ頭。上って来い、はげ頭」と言ったので、
彼は振り向いて、彼らをにらみ、主の名によって彼らをのろった。すると、森の中から二頭の雌熊が出て来て、彼らのうち、四十二人の子どもをかき裂いた。(2列王記2・23-24)


1.

神の世界に慣れていない人は、預言者を馬鹿にしても平気である。

預言者を馬鹿にする人は、預言者を使わした神を馬鹿にしている。

ずっとミレニアム通信を読んで、ポスト・ミレ、セオノミー、前提主義など、基本の教えを学んだ人が、「あなたは自分が知恵があると思うか。私にはある」と言って、その後献金をやめた。

2ヶ月待って献金がなかったので、「クリスチャンとしてのお付き合いをお断りします」と絶縁した。

霊的な利益を得た人は、物質的なものでお返ししないと呪われる。

再建主義の基本教理は、日本語ではこのサイトでしか学べないので、明らかに私から利益を受けたはずである。

その私に向かって「知恵があると思うか」という挑戦をし、しかも献金を辞めた以上、もはや神の法を守るつもりがないと判断した。

神から使わされた人に対する無礼がどのような結果を招くのか、私は自分でよく体験してきた。

2.

献身者も、その家族も、献身した当初、神の扱いが変化したことに驚く。

集会で一度でも「御言葉のために献身します」と手をあげたら、神はその決心を覚えておられ、扱いを変えられる。

彼または彼女は、それ以降、「神殿の聖具」として扱われる。

もちろん、神殿の聖具を一般の食器として使ったら呪われる。


ベルシャツァル王は、千人の貴人たちのために大宴会を催し、その千人の前でぶどう酒を飲んでいた。
ベルシャツァルは、ぶどう酒を飲みながら、父ネブカデネザルがエルサレムの宮から取って来た金、銀の器を持って来るように命じた。王とその貴人たち、および王の妻とそばめたちがその器で飲むためであった。
そこで、エルサレムの神の宮の本堂から取って来た金の器が運ばれて来たので、王とその貴人たち、および王の妻とそばめたちはその器で飲んだ。
彼らはぶどう酒を飲み、金、銀、青銅、鉄、木、石の神々を賛美した。
すると突然、人間の手の指が現われ、王の宮殿の塗り壁の、燭台の向こう側の所に物を書いた。王が物を書くその手の先を見たとき、
王の顔色は変わり、それにおびえて、腰の関節がゆるみ、ひざはがたがた震えた。(ダニエル5・1-6)


ベルシャツァルはその晩殺され、バビロニアは滅亡した。


その夜、カルデヤ人の王ベルシャツァルは殺され、
メディヤ人ダリヨスが、およそ六十二歳でその国を受け継いだ。(ダニエル5・30-31)


神の器は、神のためにのみ用いられる。

献身の決意をした後に、それ以外の仕事をしても呪われるだけである。

それは、神殿の聖具を用いるのと同じであり、冒涜である。

3.

よく国会議員が「それは、神学論争に過ぎない」と神学を馬鹿にする発言をしているが、彼らは不信仰なので、こういう発言によって自分たちがどれだけ呪われているか知らない。

神聖なものを冒涜することがどれだけの不幸を自分の身に呼び込むか知らない。

キリスト教を馬鹿にしたヴォルテールの家が聖書の印刷所になったのは有名な話である。


「18世紀のフランス人思想家ヴォルテールは、百年以内にキリスト教は歴史から姿を消すと言った。では、実際はどうなったか。歴史から姿を消したのはヴォルテールで、聖書の発行部数は世界で増え続け、各地に祝福をもたらした。」(Collett)。「ヴォルテールが死んでわずか50年後、彼の印刷機と家を使ってジュネーブ聖書協会が大量の聖書を印刷した」 (Geisler/Nix)。
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4.

私は、献身してからずっと「神の世界がどう動くのか」を学ばされてきた。

「熱心になった分、熱心に報いがくる」。

投資した分だけ、リターンが来る。

けちな人には、けちな結果が待っている。

献身者を粗雑に扱う人は、粗雑に扱われる。

牧師を馬鹿にし、反抗する人は、自分の部下から馬鹿にされ、反抗される。

6.

思い返していただきたい。

自分が上司に対して行った同じことを、部下や下のものからされたことがあるはず。

献身者を馬鹿にして、物事がうまく行くはずがない。

「神は献身者を特別に扱われるので、本人も周囲の人も、独特な配慮が必要である」。

私は、このことを40年かけて繰り返し学んだ。