123便にトロン関係者は乗ってなかったという人がいるけど、乗ってたよ。
読売によると、坂村氏が「トロン計画」を提案したのが1984年。
”トロンは「ザ・リアルタイム・オペレーティングシステム・ニュークリアス」の略で「機器をリアルタイム(実時間)で作動させるOSの中核部分」という意味である。坂村博士は東大助手だった1984年、「トロン計画」を提案した。”
その計画に松下電器産業が参加していた。そのシステム推進部長の一木允氏が123便に乗っていた。
https://www.yomiuri.co.jp/...
「御巣鷹山と生きる―日航機墜落事故遺族の25年」(美谷島 邦子・新潮社)によると、一木氏だけではなくシステム推進部副参事秋山寿男氏を含む社員17人も乗っていた。
”松下電器産業は、グループ系列会社を含めると社員17人(システム推進部部長一木允さん、本部企画担当参事南慎一郎さん、システム推進部副参事秋山寿男さんなど)、家族6人、婚約者1人の計24人を一度に失った。”
松下の元関係者によると、この事故によって「システム事業への対応が遅れた」。
”日航機墜落事故で、松下電器産業は、グループ会社を含め、社員17人が亡くなった。 中でも システム推進のI部長が含まれていたことで、システム事業への対応が遅れる原因にもなったと言われている。”
http://www.inters.cc/...
松下はトロン計画に参加していた。そのシステム担当部長と副参事が搭乗していた。彼らの死によって、システム事業への対応が遅れた。つまり、トロン計画に支障がでたと推測できる。