1.

「新生したクリスチャンに選挙権を制限せよ」というと、「クリスチャンが圧倒的な少数派である日本において、そんな体制は無理だ」と言われるかもしれない。

私は現状について言っているのではない。法的な事実を言っている。

神の計画では、必ずクリスチャンは圧倒的多数派になる。

御霊は全能なので、人々の心を変え、魂を生まれ変わらせる力がある。

回心は、超自然的な現象であって、「人間の選択」の問題ではない。

神の御心がそうであれば、たとえ悪魔崇拝者であっても回心する。

われわれ人間がどうあがいても、救いに予定された人は救われる。

生まれ持った人間の性質は関係がない。

「救われやすい人」とそうではない人の区別は、神の御前においてまったく小さな問題である。

人々から「救いに一番遠い」と評されていた取税人ザアカイが救われた。

人々から「救いに一番近い」と評されていたパリサイ人が滅んだ。

2.

政治的・軍事的な権力奪取は、意味がない。

共産主義者は、神を信じないので、こういった手法を重視する。

倫理を無視して、政治力、経済力に頼り、謀略を働かせる。

しかし、世界はこのような力で動いているのではなく、神の契約にしたがって動いている。

神と人間の間で結ばれた契約の枠組みの中でのみ、世界は動く。

それゆえ、人間の力に頼って神の契約を無視する共産主義者は敗北する。

「善を行えば祝福され、悪を行えば呪われる。」

これが、神の契約の因果律である。

共産主義者の勢力が大きくなる場合がある。

今の中国のように。

神は悪人を利用される。

神の契約に戻るために、悪人を通じて人々を苦しめられる。

自由主義の世界が、神の法を軽んじて、LGBTQなどを許容するようになれば、神は「ストップ!」と言われ、悪人が力を得ることを許容される。

3.

クリスチャンが権力を得るために用いる手段は「倫理」である。

正義を行い、合法的に富を蓄える。

社会と人々のために尽力し、好感を持たれることによって権力を得る。

武力は、悪を抑止するためにのみ用いる。

警察権力や軍事力を使って世界制覇を狙うのは、悪魔側の人間がやることである。

「剣を取るものは、剣によって滅びる」とイエスは言われた。

武力による覇権を目指しても、自分が滅びるだけである。