19章まで、大バビロン(反逆のエルサレムとイスラエル)への裁き、ローマ帝国及び旧約世界への裁きが示された。
20章からは、サタンへの裁きと、紀元70年以降の、新約世界の秩序が示されている。
また私は、御使いが底知れぬ所のかぎと大きな鎖とを手に持って、天から下って来るのを見た。
彼は、悪魔でありサタンである竜、あの古い蛇を捕らえ、これを千年の間縛って、
底知れぬ所に投げ込んで、そこを閉じ、その上に封印して、千年の終わるまでは、それが諸国の民を惑わすことのないようにした。サタンは、そのあとでしばらくの間、解き放されなければならない。
また私は、多くの座を見た。彼らはその上にすわった。そしてさばきを行なう権威が彼らに与えられた。また私は、イエスのあかしと神のことばとのゆえに首をはねられた人たちのたましいと、獣やその像を拝まず、その額や手に獣の刻印を押されなかった人たちを見た。彼らは生き返って、キリストとともに、千年の間王となった。
そのほかの死者は、千年の終わるまでは、生き返らなかった。これが第一の復活である。
この第一の復活にあずかる者は幸いな者、聖なる者である。この人々に対しては、第二の死は、なんの力も持っていない。彼らは神とキリストとの祭司となり、キリストとともに、千年の間王となる。(黙示録20・1-6)
内容を以下にまとめる。
(1)サタンが縛られて底知れぬ所に投げ込まれ、閉じられ、封印された。
(2)千年の終わるまでは、サタンは諸国の民を惑わすことがない。
(3)旧約の聖徒たちが審判者となった。
(4)殉教者たちと大患難時代に忠実だった人々が復活し、キリストとともに千年間王になった。(第一の復活)
(5)ノンクリスチャンの死者は、千年の終わるまでは、生き返らず、黄泉に居続ける。
(1)
聖書は、千年王国時代を「戦いの時代」として描いている。カルヴァンはそれを「戦う教会の時代」と解釈した。
サタンの縛りと底知れぬ所への封じ込めは、サタンの活動の「完全停止」を意味するのではなく、その「限定」を意味する。
彼らに対するさばきは、昔から怠りなく行なわれており、彼らが滅ぼされないままでいることはありません。
神は、罪を犯した御使いたちを、容赦せず、地獄に引き渡し、さばきの時まで暗やみの穴の中に閉じ込めてしまわれました。(2ペテロ2・3-4)
あなたがたは、すべてのことをすっかり知っているにしても、私はあなたがたに思い出させたいことがあるのです。それは主が、民をエジプトの地から救い出し、次に、信じない人々を滅ぼされたということです。
また、主は、自分の領域を守らず、自分のおるべき所を捨てた御使いたちを、大いなる日のさばきのために、永遠の束縛をもって、暗やみの下に閉じ込められました。(ユダ5-6)
昔から「閉じ込め」は行われていたが、悪霊は活動していた。
身を慎み、目をさましていなさい。あなたがたの敵である悪魔が、ほえたける獅子のように、食い尽くすべきものを捜し求めながら、歩き回っています。(1ペテロ5・8)
罪人であるわれわれは、「完全な平和」や「まったく問題のない状態」に耐えられない。
必ず堕落する。
神は、われわれが「お花畑人」になることを望んでおられない。
神の国は、戦いの中で拡大するように定められている。
われわれは、戦いや問題の中で鍛えられ、成長する。
そればかりではなく、患難さえも喜んでいます。それは、患難が忍耐を生み出し、
忍耐が練られた品性を生み出し、練られた品性が希望を生み出すと知っているからです。
この希望は失望に終わることがありません。(ローマ5・3-5)
「千年王国時代には、戦いも問題もないパラダイスのような時代ではないですか」と問う人がいるが、千年王国には王がいて、それは、クリスチャンなのである。
統治の務めに戦いや困難や問題はつきものである。
(2)
千年王国において、「サタンは諸国の民を惑わすことがない」。
紀元70年以前、諸国民は暗闇の中にいた。
聖書も、預言者も、士師も、幻もなかった。
紀元70年以降、世界に福音が伝えられ、異邦人からも救われる人が出るようになった。
今日では、インターネットを検索すれば、簡単に聖書が読めるようになった。
主を知ることが、海をおおう水のように、地を満たすからである。(イザヤ11・9)
(3)
「また私は、多くの座を見た。彼らはその上にすわった。そしてさばきを行なう権威が彼らに与えられた。」
イエスに続いて復活した旧約の聖徒たちは、旧約世界と旧約の人々に審判を下し、新約世界において審判者となった。
彼らは、イエスとともに世界を裁き、支配している。
(4)
殉教者たちと大患難時代に忠実だった人々が復活・携挙・昇天し、天においてキリストとともに千年間王になった。
千年王国とは、キリストと、旧約の聖徒、そして、殉教者と大患難時代に忠実だったクリスチャンが王となる時代である。
今、われわれだけが王ではない。天においてこの世界の運営に責任を持っている人々がいる。
地上のクリスチャンと天上のクリスチャンは、キリストにあって一体であり、世界を支配している。
(5)
旧約時代に死んだノンクリスチャンは、千年の終わるまでは、生き返らず、黄泉に居続ける。
ちなみに、この「千年」とは「千年単位の多くの年」という意味であって、文字通りの千年ではない。
聖ヨハネ曰く「サタンは千年の間、束縛されなければならない」と。これまで見てきたように、数字の7は、聖書の象徴において、質的完全を意味するが、数字の10は量的完全を意味する。言い換えると、それは「数の多さ(manyness)」を表す。1000は、10を掛け合わせ、大きくした数字であり(10 x 10 x 10)、非常な大きさを表す(参照・5:11; 7:4-8; 9:16; 11:3,13; 12:6; 14:1,3,20)。18 神は「千の丘の家畜らもわたしのもの」と言われる(詩篇50・10)。これはもちろん、1001番目の丘の牛は他の誰かのものである、ということを意味しない。神はすべての丘のすべての牛を所有し給う。しかし、多くの丘があり、多くの家畜がいることを示すために「千」[という数字]を用いられる(参照・申命記1:11; 7:9; 詩篇68:17; 84:10; 90:4)。同様に、黙示録20章の「千年」は、長期の、漠然とした期間を表す(その完成前の時代としての、限定的、暫定的な性質は、この句が本章で6回しか言及されていないという事実によって強調されているが)。千年期は、すでに二千年近く続いているし、まだまだ続くだろう。(Days of Vengeance, pp.506-507.)
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