彼らは再び言った。「ハレルヤ。彼女の煙は永遠に立ち上る。」
すると、二十四人の長老と四つの生き物はひれ伏し、御座についておられる神を拝んで、「アーメン。ハレルヤ」と言った。


大バビロンの滅亡の煙は永遠に立ち上る。すでに述べたように、大バビロンは二度と復活しない。

イエスに対抗する勢力は、紀元70年に法的に滅亡したので、それを復活させようとするシオニズムは、イエスの陣営による攻撃に耐えられない。

残念なことに、世界中の教会がディスペンセーション主義によって汚染され、シオニズムを支援している。

神の御心と真逆なことを信じているので、今の教会は祝福されないのである。

どうか目を覚ましていただきたい。

「二十四人の長老」は、教会(つまりクリスチャンの集合体)の代表者である。「四つの生き物」は、すでに述べたように「自然」である。


「自然は、神のたゆまざる活動に呼応して脈打つ巨大な建築物である。この事実を思い起こす限り、われわれは、これらのケルビムである生き物を 『自然』 と呼ぶことができるかもしれない。・・・おそらく、彼らの顔(4・7、エゼ1・10)は、神の威厳と力、知恵、高潔を象徴し、その無数の目は、被造物のあらゆる部分に対する神の絶え間ない監視の目を象徴しているのだろう。そして、羅針盤の方位と地球の角々に対応し、彼らは四ついて、神の世界を象徴するとみなすのが妥当である。それは、24人の長老たちが教会を代表するのと同じである。」(Days of Vengeance, p.156)


「教会」と「自然」、つまり、神の陣営は「ひれ伏し、御座についておられる神を拝ん」だ。そして、神の決定である「大バビロンの永遠の滅亡」に対して「アーメン。ハレルヤ」と言った。

つまり、今日の教会とは正反対に、彼らは、シオニズムに対して「ノー」と言った。

われわれは神の陣営が一日も早くディスペンセーション主義の「クリスチャンシオニズム」を捨てて、真の信仰に立ち返るように祈らねばならない。


また、御座から声が出て言った。「すべての、神のしもべたち。小さい者も大きい者も、神を恐れかしこむ者たちよ。われらの神を賛美せよ。」


「大バビロン」という「反逆のイスラエル」に対して契約的刑罰が下った後に「賛美」が命令された。

クリスチャンは、神への反逆者の処刑に対して温情を掛けてはならない。

いや、むしろ、刑罰を下した神を賛美しなければならない。

イスラエルは、すでに和解の時期を過ぎたので、処刑されたのである。

何度も何度も神は和解の手を差し伸べた。しかし、神が送った預言者を殺し、しまいには、御子すらも殺した。

このような契約違反者に温情をかける人は、自分も契約違反者になる。

タルムードユダヤ人は、ディスペンセーション主義を通じて、クリスチャンを「反逆のイスラエルに温情をかける契約違反者」に変えてしまった。

アメリカの福音派に現れたある「預言者」は、「トランプを通じて、再びアメリカはイスラエルを支援するようになる」と述べた。

彼は、それを肯定的に評価している。もしトランプがイスラエルを支援し、神殿再建を認めるならば、彼は偽者である。

支援者を空港に集め、飛行機で降り立つのは、救世主の演出と思われる。かつてヒトラーも同じことをした。

シオニストと化した今の福音派は、「大バビロンの永遠の滅亡」を嘆き悲しみ、それが再建されることを求めている。

われわれは、彼らと歩調を合わせてはならない。

われわれは、「大バビロンの永遠の滅亡」をもたらした神を賛美しなければならない。


また、私は大群衆の声、大水の音、激しい雷鳴のようなものが、こう言うのを聞いた。「ハレルヤ。万物の支配者である、われらの神である主は王となられた。


「大群衆の声」は、実際に、天に「大群衆」がいることを暗示する。彼らは、イエスの復活に続いて復活した旧約の人々である。そこにはアブラハム、イサク、ヤコブ、ダビデ、エリヤ、エリシャ、ダニエル、エゼキエル、イザヤもいる。

大バビロンが滅亡したことを見た彼らは、「ハレルヤ」と賛美した。旧約の聖徒たちは、今の福音派と真逆の立場にいる。彼らはタルムードユダヤ人の運動であるシオニズムに反対し、彼らが作った今のエルサレムをけっして承認しない。

そして、「われらの神である主は王となられた」と言った。

旧約の聖徒たちは、イエスの王権を宣言した。

しかし、シオニストは、イエスを拒み、別のメシアを求める。

大バビロンが滅亡したときに、イエスが永遠の主権者となったので、シオニストは必ず敗北し、その計画は灰燼に帰する。


私たちは喜び楽しみ、神をほめたたえよう。小羊の婚姻の時が来て、花嫁はその用意ができたのだから。
花嫁は、光り輝く、きよい麻布の衣を着ることを許された。その麻布とは、聖徒たちの正しい行ないである。」


姦淫の女である大バビロンは離縁され、貞淑な女である教会はイエスの花嫁になった。