大患難が将来起きると唱える人々は、次の「キリストの昇天」をどう解釈するのだろうか。


女は男の子を産んだ。この子は、鉄の杖をもって、すべての国々の民を牧するはずである。その子は神のみもと、その御座に引き上げられた。


「鉄の杖をもって、すべての国々の民を牧する」は明らかにイエス・キリストを示している。

旧約において「鉄の杖」によって支配する人物は、キリストを示している。


「わたしは主の定めについて語ろう。主はわたしに言われた。『あなたは、わたしの子。きょう、わたしがあなたを生んだ。
わたしに求めよ。わたしは国々をあなたへのゆずりとして与え、地をその果て果てまで、あなたの所有として与える。
あなたは鉄の杖で彼らを打ち砕き、焼き物の器のように粉々にする。』」(詩篇2・7-9)


そして、彼は「神のみもと、その御座に引き上げられた」は昇天を示す。


主イエスは、彼らにこう話されて後、天に上げられて神の右の座に着かれた。(マルコ16・19)


これから未来に、キリストが昇天するのだろうか。

すでに紀元30年頃に昇天しているのに、どうやって?

この12章と13章における大患難は、昇天の後として描かれているのに、なぜディスペンセーション主義者は「大患難は未来に起きる」というのか。