釈義に無理があるところを強引に成り立たせることができたのは、ヨセフスに代表される歴史資料のおかげです。しかし、その歴史資料に全幅の信頼を置いてよいものでしょうか。 紀元1世紀といえば、日本では卑弥呼の時代よりも200年くらい昔です。聖書は霊感されているので信頼できますが、他の歴史資料はどうでしょうか。しかも、1~2世紀は聖書自体に改ざんが流行った時代です。改ざんはある目的をもって行われていました。聖書以外の当時の歴史資料がそうした目的の影響をまぬかれていると信頼してよいでしょうか。しかも、ヨセフスはパリサイ人でした。666の反キリストをネロにするための企みが既に早い時期からあった可能性も否定はできないと思います。 ネロ説はヨハネの手紙に5回出てくる反キリストからはあり得ない解釈であり、カルヴァンがネロ説を取らなかったのは当然です。
ですが、ローマカトリックが世に出したエルサレムバイブルの脚注に出てきた616写本(これに多くのプロテスタントのプレテリストは飛びついています)、小説を映画化した「クォバディス」などによって、私たちはすっかりネロ説に洗脳されてしまいました。
1.
既述のとおり、第一義的に獣はネロではなく、ティトゥスです。
ネロは紀元68年に死亡しているので、紀元70年に神殿を破壊するはずがありません。
ダニエル書には、「荒らす憎む(忌む)べき者」は「聖所を破壊する」と記されています。そして、すでに述べたように、この「荒らす憎む(忌む)べき者」は、黙示録の「獣」と記述が類似しているので、同一人物であることは明らかです。
しかし、同時に獣の数字は666であり、カエサル・ネロのヘブル文字に割り当てられた数字を合計すると666になる。
聖書は、獣はティトゥスであり、同時にネロでもあると啓示しています。
この矛盾は、ティトゥスが「復活したネロ」であると考えれば解決します。
黙示録には、獣は「昔はいたが、今はおらず、やがて現われる」(黙示録17・8)と記されています。
つまり、獣は誰かの復活体である。
その「誰か」とは誰なのか。
彼は「8番目のローマ皇帝」(17・11)であると同時に、「先の七人のうちのひとり」(同)である。
すなわち、「ローマ皇帝7人」の一人が、復活して、8番目の皇帝になったのが、獣である。
さて、ティトゥスは、11番目のローマ皇帝であるが、ヴェスパシアヌスの将軍として前の3人(ガルバ、オト、ウィッテリウス)を暗殺した。
これは、次の箇所と一致している。
「十本の角は、この国から立つ十人の王。彼らのあとに、もうひとりの王が立つ。彼は先の者たちと異なり、三人の王を打ち倒す。」
11人から3人が落ちたので、ティトゥスは8番目の皇帝になる。
では、「先の七人のうちのひとり」とは誰なのか。
ネロである。
ティトゥスはネロの復活体なのです。
2.
プレテリズムは、ヨセフォスの資料だけに依存しているわけではありません。
獣がティトゥスであるという主張は、歴史的事実によっても確認できます。
神殿を破壊した皇帝がヴェスパシアヌスであり、実行部隊を指揮したのがティトゥスであるという情報は、数多の資料が示しています。
たとえば、紀元70年のエルサレムの攻略と包囲を記念した「ティトゥスの凱旋門」は、ローマ皇帝ドミティアヌスによって紀元82年に建造されました。
もちろん、これは、当時の人々がエルサレム攻略の功労者をティトゥスと考えていたことを示しています。
3.
ティトゥスが獣であることは、聖書自体が示しています。
ダニエル書によれば、メシアの死の後に、聖所が破壊される。
それゆえ、知れ。悟れ。引き揚げてエルサレムを再建せよ、との命令が出てから、油そそがれた者、君主の来るまでが七週。また六十二週の間、その苦しみの時代に再び広場とほりが建て直される。
その六十二週の後、油そそがれた者は断たれ、彼には何も残らない。やがて来たるべき君主の民が町と聖所を破壊する。その終わりには洪水が起こり、その終わりまで戦いが続いて、荒廃が定められている。
彼は一週の間、多くの者と堅い契約を結び、半週の間、いけにえとささげ物とをやめさせる。荒らす忌むべき者が翼に現われる。ついに、定められた絶滅が、荒らす者の上にふりかかる。」(ダニエル9・25-27)
「その六十二週の後、油そそがれた者は断たれ、彼には何も残らない。やがて来たるべき君主の民が町と聖所を破壊する。」
油そそがれた者が断たれた後、つまり、メシアが殺された後、「町と聖所が破壊」される。
これは、紀元29年頃の十字架と、紀元70年の神殿崩壊を指す。
そして、この「町と聖所を破壊」したのは、ティトゥスであった。
それゆえ、「来たるべき君主」はティトゥスである。
彼は「半週の間、いけにえとささげ物とをやめさせ」た。(*)
ここでの「半週」は、黙示録において「獣」の活動期間である「42ヶ月」として表現されている。
この獣は、傲慢なことを言い、けがしごとを言う口を与えられ、四十二か月間活動する権威を与えられた。(黙示録13・5)
ティトゥスは、ユダヤ人に神殿礼拝を禁止した。
ニケア後の教父サルピシウス・セヴェルスによると、ティトゥスは神殿破壊によって聖書の宗教を根絶やしにしようととしていた。
ティトゥスは、評議会を招集した後、まずこのような並外れた仕事が生み出した構造物である神殿を破壊すべきかどうかを議論したと言われている。というのも、「全人類の業績を越える傑出した神聖な建物は、保存されればローマ人の穏健さの証拠となるが、破壊されればその残虐さの永遠の証拠となるので、破壊すべきではない」と考える人がいるからである。しかし、反対に「ユダヤ人やキリスト教徒の宗教をさらに徹底的に破壊するには、特に神殿を破壊すべきだ。というのも、これらの宗教は、互いに対立してはいたが、同一の作者から発しているからである。キリスト教徒はユダヤ人から生まれた。根を絶やせば、枝もすぐに消えるだろう」と考える人もいたし、ティトゥス本人もそのように考えていた。
Titus is said, after calling the council, to have first deliberated whether he should destroy the Temple, a structure of such extraordinary work. For it seemed good to some that a sacred edifice, distinguished above all human achievements, ought not to be destroyed, inasmuch as, if preserved, it would furnish an evidence of Roman moderation, but, if destroyed would serve as a perpetual proof of Roman cruelty. But on the opposite side, others and Titus himself, thought that the Temple ought especially to be overthrown, in order that the religion of the Jews and Christians might more thoroughly be subverted; for these religions, although contrary to each other, had nevertheless proceeded from the same authors; that the Christians had sprung up from among the Jews; and that, if the root were extirpated, the offshoot would speedily perish.
―Sulpicius Severus,Sacred History (NPNF, s2, vol xi, p111)
4.
聖書において神殿は、神の御住まいであり、それゆえ、イスラエルの中心でした。そして、歴史は、イスラエルを中心に描かれていますので、それは世界の中心でもあった。
この神殿が崩壊したことを、歴史の重大な分岐点と考えるのは、クリスチャンとしても人類としても当然と言えます。
しかし、歴史主義は、それを軽視してきた。プレテリズムは、この間違った聖書の読み方を正常に戻したと言えます。
(*)
ダニエル書において一週間は文字通りの一週間ではない。
紀元前538年にペルシャの王クロスが神殿とエルサレムを再建せよと命令してから、イエス・キリストの来臨までの時期の約500年が「7週」とされている。
http://millnm.holy.jp/...
半週は、別の箇所で「ひと時とふた時と半時」と記されている。
彼は、いと高き方に逆らうことばを吐き、いと高き方の聖徒たちを滅ぼし尽くそうとする。彼は時と法則を変えようとし、聖徒たちは、ひと時とふた時と半時の間、彼の手にゆだねられる。(ダニエル7・25)
ここで「彼」とは「第四の国」―つまりローマ帝国―の君主を意味するので9章の「来たるべき君主」と同一人物であることは明らか。