イエスは彼らに答えて言われた。「この神殿をこわしてみなさい。わたしは、三日でそれを建てよう。」
そこで、ユダヤ人たちは言った。「この神殿は建てるのに四十六年かかりました。あなたはそれを、三日で建てるのですか。」
しかし、イエスはご自分のからだの神殿のことを言われたのである。(ヨハネ2・19-21)


イエスは「神殿を壊してみなさい。私は三日でそれを建ててみせる」と言われた。そして、聖書は「これは復活を指している」と示している。

つまり、イエス・キリストの復活体こそが、神殿なのである。

そして、事実、紀元70年にエルサレムの神殿はティトゥスによって破壊され、この石の建物は再建されていない。

イエスが十字架で息を引き取られたときに、神殿の至聖所の幕が真っ二つに避けた。

これは「エルサレム神殿礼拝の時代は終わった」との神の宣言である。

ユダヤ研究者のY牧師によると、その後から崩壊までの間、祭司が至聖所に入ると倒れて出てこれなくなったという。そのため、祭司の足に紐をつけて、倒れた場合にはそれをひっぱって出すしかなかったと。律法によれば、その年の担当祭司以外の誰も至聖所に入ることを許されていなかったからである。

復活後、イエスの御体とクリスチャンの体こそが神殿であり、礼拝場所は、エルサレムに限定されなくなった。クリスチャンの体があるところ、どこでも礼拝できるようになった。

十戒の第一の戒めにおいて、神以外を礼拝対象としてはならないとある以上、人間にとって、誰を礼拝するかはもっとも基本的かつ本質的な事柄である。

それゆえ、神殿の変化は、世界のシステムの根本的変化を象徴している。これを聖書では「旧い天地の滅亡と新天新地の到来」と表現されている。

イエスが復活され、クリスチャンの体が神殿となったときに、旧い天地は崩壊し、新天新地が始まった。

そして、そのシステムの変化が決定的になったのは、旧約時代を裁くためのイエスの「紀元70年の再臨」である。

そのときに神殿は崩壊し、「麦と毒麦の選別」「羊と山羊の選別」が行われ、麦と羊は救われ、毒麦と山羊は滅び、旧約世界の幕は降りた。

紀元70年以降は、まったく新しい時代である。

それゆえ、プレテリズムと歴史主義の「分水嶺」は、神殿崩壊であって、ネロ666説ではない。

神殿崩壊は、人間存在にとってもっとも重要な要素である「礼拝」の様式が決定的に変化したことを象徴する。

それゆえ、紀元70年の神殿崩壊をもって、旧い世界と新しい世界を分けることは、聖書的である。

この新しい世界において、旧い世界の礼拝システムである神殿の再建を唱えるタルムードユダヤ人たちは、神の決定に対する反逆者であり、革命家である。

タルムードユダヤ人が主導しているシオニズムと共産主義の本質はエルサレム神殿の再建であり、それらはいずれも「新しい世界を否定し、旧い世界に戻そうとする」サタン的運動である。

そして、紀元70年以前に成就した「獣」を紀元70年以降の人物に設定する試みもことごとく、そのようなサタン的な運動の一部である。