前の投稿『二重再臨説は正統的である』において、誤謬がありましたので、削除しました。申し訳ございませんでした。
カルヴァン神学校(グランドラピッヅ市)において21年間教鞭を取ったカルヴァン主義の牧師・神学者であるアンソニー・アンドリュー・フーケマ(1913ー1988)の次の発言では、二重再臨が説かれていると思いましたが、通常のカルヴァン派の再臨説でした。
”1.キリストは、罪と死と悪魔に対して決定的に勝利された。罪のない人生を送り、罪の贖いの犠牲として十字架上で死ぬことによって、キリストは罪を滅ぼされた。キリストは死と、墓からの勝利のよみがえりを通じて、死に勝利された。悪魔の誘惑を拒絶し、神に完全服従し、死んで復活されたキリストは、サタンとその邪悪な軍勢に致命的な一撃を加えられた。キリストのこの勝利は決定的かつ最終的なものだった。それゆえ、歴史上最も重要な日は、今なお未来に起きるキリストの再臨ではなく、過去に起きた最初の来臨である。キリストの勝利によって、歴史の最終的な問題はすでに解決されている。その勝利が最終的に達成されるのは時間の問題である。”
1. Christ has won the decisive victory over sin, death and Satan. By living a sinless life and by dying on the cross as the sacrifice of atonement for our sin, Christ defeated sin. By undergoing death and then victoriously rising from the grave, Christ defeated death. By resisting the devil’s temptations, by perfectly obeying God, and by his death and resurrection, Christ delivered a deathblow to Satan and his evil hosts. This victory of Christ’s was decisive and final. The most important day in history, therefore, is not the Second Coming of Christ which is still future but the first coming which lies in the past. Because of the victory of Christ, the ultimate issues of history have already been decided. It is now only a question of time until that victory is brought to its final consummation.
(Amillennialism: A Brief Sketch of Amillennial Eschatology" by Anthony Hoekema)
ここで、フーケマが、紀元70年の再臨を軽視しているのが分かる。
初臨(降誕から復活・昇天まで)の重要性を説き、「それゆえ、歴史上最も重要な日は、今なお未来に起きるキリストの再臨ではなく、過去に起きた最初の来臨である」と述べている。
紀元70年の再臨についての言及がない。
これが、従来のカルヴァン派の伝統―歴史主義(historicism)―である。
神殿崩壊に象徴される「旧約時代の終焉」という大イベントが脳裏から消えている。
カルヴァン派は、他の教派同様、聖書において「キリストの再臨は弟子たちが生きている間に起きる」と繰り返し述べている箇所を無視してきた。
そして、いかなる聖書的な証拠にもよらずに、再臨を世界の終末に起きるものと考えてきた。
その結果、黙示録の獣(いわゆる反キリスト)がティトゥス(復活したネロ)であることを認識せず、「ローマ法王」という紀元1世紀以後の人物と同定してきた。
従来の正統派による、このような再臨の時期の確定の失敗は、その世界認識を大きく狂わせてきた。
再臨が紀元1世紀にあったと理解すれば、1コリント15・20-28をも「すでに起きたこと」と認識できるはずである。
しかし、できなかった。
しかし、今やキリストは、眠った者の初穂として死者の中からよみがえられました。
というのは、死がひとりの人を通して来たように、死者の復活もひとりの人を通して来たからです。
すなわち、アダムにあってすべての人が死んでいるように、キリストによってすべての人が生かされるからです。
しかし、おのおのにその順番があります。まず初穂であるキリスト、次にキリストの再臨のときキリストに属している者です。
それから終わりが来ます。そのとき、キリストはあらゆる支配と、あらゆる権威、権力を滅ぼし、国を父なる神にお渡しになります。
キリストの支配は、すべての敵をその足の下に置くまで、と定められているからです。
最後の敵である死も滅ぼされます。
「彼は万物をその足の下に従わせた」からです。ところで、万物が従わせられた、と言うとき、万物を従わせたその方がそれに含められていないことは明らかです。
しかし、万物が御子に従うとき、御子自身も、ご自分に万物を従わせた方に従われます。これは、神が、すべてにおいてすべてとなられるためです。(1コリント15・20-28)
そのため、キリストが「すでに、すべての敵をその足の下に置いている」と考えられなかった。
正統派が、キリストのニュー・ワールド・オーダーがすでに確立されていることを認識できなかったために、「クリスチャンは必ず勝利する」との楽観主義が育たなかった。
これは、大きな「隙」である。
サタンは、この隙につけ込んできた。
16世紀に宗教改革によって神の国が大きく発展したにもかかわらず、18世紀以降、ヒューマニズムの成長を許してしまった。
その結果が、今日の「世界の悪魔化」である。
二重再臨説を取ることに失敗したつけが今、回っている。