再臨が紀元1世紀にあったことを示す聖句が多数あるのに、今日の教会は「未来に起きる」と主張する。

そのような主張をする前に、それらの聖句についてどのように合理的な解釈ができるかを示さなければならない。

このような努力をしないで、不確かな教理を宣べ伝えるのは、知的な怠惰であると同時に、信仰的不誠実である。

「紀元70年以前に完結した話をそれ以降の歴史に適用してはならない」シリーズでは、信仰の根幹にかかわる非常に重要なテーマについて議論が行われている。

それは、「いったい、今われわれが生きている世界は、どのような世界なのか」を知るための試みである。

1.再臨を未来に設定する立場

まだ再臨が起きていない、と考えると、1コリント15・20-28が未成就になり、サタンに活動の正当性を与えることになる。

そして、黙示録13章も未成就ということになり、大患難時代の到来を予定する以外にはなくなる。

この大患難時代に、獣は世界の経済を支配し、自分に従う人には、彼らのみに発行される証明書が与え「売ることも買うこともできなく」なる。

実際、今ビル・ゲイツ(ロックフェラーグループ)が用意しているタトゥーとして人体に埋め込まれる「デジタル証明書」がその選別に利用されるだろう。


ビルゲイツは人間の皮膚に埋め込む、デジタルID「ID2020プロジェクト」を進めています。
埋め込まれたチップをスキャンするとIDと情報が浮かびます。
https://www.facebook.com/...


このような策謀を見て、「再臨未来説」の人々は「これは黙示録に預言されているので抗うことはできない」と言う。

ドナルド・トランプが進める中東和平を大患難時代の開始の契機と考え、再臨と携挙が近づいている、という。

このような解釈は「悪魔教」である。

なぜか。

サタンに立ち向かっていないからである。

サタンのやることに同意しているからである。

2.再臨を紀元70年に起きたとする立場

ビル・ゲイツが何をやろうが、DSが何を企もうが、イエス・キリストのニュー・ワールド・オーダーはすでに実現していると信じるので、悪に抗うことができる。

サタンはすでに「凱旋の行列に捕虜としてさらし者にされている」と信じることができるので、勝利の確信をもって祈り、活動できる。

再臨の時期の設定は、このような2つの対応の違いを生み出すので、非常に重要である。

この非常に重要なテーマについて無関心である人は、本当に聖霊をうちにいただいているのか自己を省みていただきたい。