法的に滅ぼされた存在は、生き残っていることがあります。

たとえば、法的にアパートの居住権を失った住民が、家主の催促に抗って住み続けることがあります。

しかし、彼らが最終的に出て行くことは確実です。なぜならば、追い出しの強制執行しても家主は法律上罰せられないからです。

聖書の反キリストはすでに裁かれて紀元70年以前に敗北しました。

このことを聖書は非常に強調しています。彼らは「捕虜になり、凱旋の行列に加えられた」とはっきりと述べています。

ということは、新約時代において、反キリストにしてもサタンにしても、もはや法的な主権を持ち合わせていないということになります。

しかし、神の国は突如として現れるのではなく、漸進的です。

神がヨシュアに言われたように「獣が増えるとよくないので徐々に征服しなければならない」のです。

法的にはイスラエルの領土になっているパレスチナは、徐々にイスラエルに征服されていきました。

これと同じで、紀元70年に旧約時代は幕引きを迎えたのです。

旧い天地は滅び、新しい天地がやってきた。

紀元70年前に反キリストは支配権を失った。

黙示録をはじめ、聖書の教えは「旧約時代に属する敵は法的に全滅した」ということです。

しかし、「法的な全滅」は「実際的な全滅」ではない。

新天新地がやってきても、そこに依然として敵はいて、神の国はその敵との戦いの中で発展していく。

新約時代というのは「再臨において確立された法的な秩序が現実化する時代」なのです。

マタイ24章の「選民をも惑わそうとする」というのは紀元70年以前に成就しました。

なぜならば「これらのことはみな、この時代のうちに起きる」と明言されているからです。

しかし、それだからといって、新約時代において「選民を惑わそうとする者」がいないというわけではありません。

新約時代においても似たような偽預言者が現れるでしょう。

新約時代においても、反キリストは現れるでしょう。

新約時代においても、黙示録の状況と似た状況が出現するでしょう。

しかし、それは「狭義の偽預言者」「狭義の反キリスト」「狭義の黙示録の状況」ではない。

それは、紀元70年以前に終わった。