1.

洗剤アレルギーはほぼ終息しました。お祈りをありがとうございます。

2.

エドワード・ヘンドリーは、ローマ法王を反キリストとして示しているが、この見解には注意を要する。

たしかに、ローマ法王は、広義の反キリストである。

しかし、狭義の反キリストは、紀元1世紀において実在した人物及び組織―つまり、ローマ帝国及び皇帝―であり、紀元70年においてその裁きは行われたと考えるべきである。

黙示録の反キリストの登場とその裁きは、歴史的に「一度限り」成就した。

この事実と、今の時代における「黙示録の反キリスト的な存在」とは明確に区別しなければならない。

前者は、聖書の「一度限りの成就」であり、後者は、聖書の「適用」である。

聖書の「一度限りの成就」と「適用」の区別は非常に重要である。

2.

法的な事実と、実際的な事実の区別は、聖書において普遍的に見られる原則である。

神は、ヨシュアとカレブに「カナンの地を与えた」と宣言され、所有権の委譲を行われたが、実際に、彼らは戦いとらねばならなかった。

法的宣言は重要だが、それは半分である。

実際の活動が必要になる。

そして、世界は現在、法的にイエス・キリストの支配下にあるが、実際には宣教活動を通じて拡大されている。

今のイルミナティ・フリーメイソンによる世界支配の策謀は、その御国の発展の中において、一時的に神が許された「サタンの復活」でしかない。

エサウと対峙するときに、ヤコブはまず御使いと格闘し、祈りにおいて勝利を得なければならなかった。

そして御使いから是認を受けて初めてエサウと会うことができた。エサウは彼に何もできなかった。

この法的事実と実際的事実を区別せず、混同すると、きわめて重大な聖書解釈における誤謬を導き出す。

実際にエドワード・ヘンドリーは、マタイ24章で「これらはすべてこの時代に起きる」を説明できないだろう。

イエスは明らかに「私はこの時代に戻ってくる」と言っている。

エドワード・ヘンドリーのプレ・ミレに従うと、イエスは旧約時代の世界を裁いて、新天新地をもたらすために再臨されたという重大なメッセージは無視され、「いまだに世界はサタン支配下にある」という不信仰に汚染される。

パウロは「敵を凱旋の行列に加えました」と言ったときに、アオリスト時制を使った。

つまり、完了した事実を述べた。

すなわち、「今すでにサタンは凱旋の行列につながれて捕虜の状態にある」と言った。

これで聖書的な根拠は十分。

すでに世界においてイエス・キリストは勝利を得られており、サタンは足台となっている。

3.

紀元70年に再臨があったことを認めることができない人は、聖書を合理的に解釈できなくなる。

そして、重要なのは、「クリスチャンである私には一体どのような権威が与えられているのか」が理解できない。

「再臨があれば、私は世界の王になる。そして、その再臨が未来に起きるならば、今、私は何者なのか」という疑問から離れられない。

私はそのような人に言いたい。

「あなたはすでに王です」と。

「なぜならば、紀元70年に再臨はあったから」と。

「では、なぜ世界は悪者の支配下にあるのか」と問われるならば、「それは、クリスチャンが王権を行使してこなかったから」と。

自分をすごく小さい者としてみなしている人が、信仰の力を発揮できるだろうか。

「あなたの信じたとおりになる」のである。


まことに、あなたがたに告げます。だれでも、この山に向かって、『動いて、海に入れ』と言って、心の中で疑わず、ただ、自分の言ったとおりになると信じるなら、そのとおりになります。(マルコ11・23)


4.

いいですか。

あなたには、巨大な力がある。

世界を動かす力がある。

なぜ眠ったままなのか。

なぜ、善のためにその力を発揮しないのか。

なぜならば「再臨はまだ来ていない」と考えているから。

聖書の主張をまっすぐに受け取ってください。

そして、自分のうちに秘められている信仰のパワーを解放してください。

あなたは、世界を変えられるのです。