すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。(マタイ11・28)


安息日は「イエスの予型」であり、イエスは「安息日の本体」である。

安息日や安息年の規定は、「イエス・キリストによる罪からの解放」を象徴している。

イスラエル人が7日に1度、7年に1度、罪と負債から解放されたように、クリスチャンもイエスにおいて、罪と罪責から解放されなければならない。

クリスチャンは、イエス・キリストのゆえに罪と罪責から解放される。

十字架に自分の罪と罪責をつけてしまうのである。

イエス・キリストにおいて、われわれの罪と罪責は「解消」される。

われわれがイエス・キリストのゆえに罪の赦しを乞い願うならば、神は「イエス・キリストにあって」われわれの罪を赦し、われわれの罪責をすべて無にしてくださる。

7は完全数であり、時間の一区切りを示す。

つまり、「罪に苦しむのは7日だけである。8日目には解放される」ということを示している。

もちろん、新約時代において「7日」は象徴である。

新約時代において、われわれは、イエス・キリストにおいて「いつでも」罪責を取り除かれる。

いつでもイエス・キリストのゆえに罪を悔い改めるならば、その罪責から完全に解放される。

「8日目の解放」は「一つの時間的区切りが終わった」ということを示している。

ソ連も70年で終わった。

70年は7x10であり「一つの時代」を象徴する。

70年で終わったということは、一つの時代が過ぎて新しい時代が到来したことを示す。

中国共産党政権も70年で終わった。

1949年から70年は、2019年。2020年から新しい時代である。

中華人民共和国は、すでに「死に体」なのである。

「安息日を聖なる日とせよ」との戒めは、今日においては「イエス・キリストを通じての赦しを得た者は、過去を振り返らず、新しく未来に向かって生産的な活動に従事せよ」との意味である。