1.
安倍首相が「コロナ時代」という言葉を使い、今後、コロナによる自粛が常態化するかの印象を与えているが、ゆゆしき問題である。
感染症に対して「自粛の強制」なる愚策を弄し、政府が今後も日本の経済活動を阻害するようなことを行うのを許してはならない。
弱毒の感染症をロックダウンや隔離で対応するのは、間違いである。
シヴァ・アヤドゥライ博士曰く:
"われわれが直面している現実は、ビタミンDの威力やビタミンA、ビタミンCの威力について語る人がほとんどいないということである。
ましてや免疫の健康についてや、免疫の健康をパワーアップさせる話はタブーなのである。
これが肝腎な基本の理解である。
つまり、本当の科学とは、'われわれは細菌の海の中に住んでいる'ということである。
私の体内には30兆個の細菌がいる。
30兆個のウィルスと60兆個のバクテリアが、私の60兆個の細胞に対している。
私は、細菌農場であり、私の周りも細菌農場である。
それでも私は死なないし、あなたも死なない。
ほとんどの人は死なない。
死ぬのは、免疫障害のある人である。著しく免疫系が弱っている人々である。
それは加齢により自然に起こる。
高齢者は免疫系を強化することができる。
・・・
トランプ大統領への手紙において私は4つのグループについて書いた。
1.COVID-19ウィルスを持つ人々
2.免疫治療中の人々
3.集中治療中の人々
4.健康な人々
これらの人々に合わせてビタミンD、ビタミンA、ビタミンC、ヨードでサポートする方法を提案した。
そして、経済を復旧させる。
隔離は不要である。
「曲線をフラットに」し、社会的距離を保つことのみが解決ではない。
それにもかかわらず、ファウチや主要メディアは、次のようなシナリオを実践している。すなわち、
1.何百万人もの人々が死ぬ。
2.死亡者が何十万人になる。
3.大規模なプロパガンダ・キャンペーンを打つ。目的は、6月のノーベル医学賞をファウチとブリックスとかいう女性に与えることにある。彼らがソーシャル・ディスタンスと検疫を大統領に説得したからである。「おかげで患者の増加を抑え、勝利できたし、ワクチンもできた」と。
これが彼らのプロパガンダのモデルである。"
https://youtu.be/TGFfJNU7fB0
エボラ熱ウィルスのような強毒のウィルスに対して、隔離は有効だろう。
しかし、新型コロナは致死率が0.2%の普通のウィルスであり、これまで同様の対処をすればいい。
2.
ノンクリスチャンの支配がいかに不合理であり、狂気に満ちたものであるか。
われわれは、現在、既成政党による政権運営を通じて、このことを学びつつある。
現在、神は、世界において、聖霊の一般恩恵を弱めておられる。
聖霊の一般恩恵とは、ノンクリスチャンに対する「救済以外の面での」恩恵を指す。
御霊は、ノンクリスチャンの悪を抑制し、善を維持・発展される。
たとえば、御霊は、邪悪な政治家が支配しないように、もしくは、政治家が邪悪な政策を採らないようにコントロールされる。
しかし、人々があまりにも傲慢になって「神などいらない。人間だけでやっていける」と暴言を吐くようになると、神は、その恵みを止められ、支配者が国民をないがしろにしたり、国民の利益に反する行動を放置される。
これは、士師記を見れば明らかである。何度も何度も民が堕落すると、神は聖霊の一般恩恵を停止され、周辺民族による侵略によって民を苦しめられた。
民が救いを求めると、神は士師を起こし、人々を救われた。
習近平の国賓来日を決定したあたりから、安倍政権が漂流を始めた。
安倍晋三は人が変わったように不可思議な決定を下すようになった。
そして、新型コロナの件で、日本に害を与えた首相ナンバーワンの座に着いた。
神は安倍晋三への一般恩恵を弱めておられる。
3.
われわれには、支配し、社会を変えるという神からの使命がある。
支配は、管理と関係がある。
支配は、統治権と関係がある。
支配は権威と関係がある。
そしてそれは社会と関係がある。
言い換えれば、天における価値観が、この地上で明らかにされる必要がある。
支配は「尻尾ではなく頭であること」を意味する。
支配は、「王として統治すること」を意味する。
―ピーター・ワグナー
(Dominion! How Kingdom Action Can Change the World , 2008.)
神はなぜ、一般恩恵を弱めたり、停止されたりするのだろうか。
その一つは「ノンクリスチャンの支配は一時的である」という事実を示すためである。
ノンクリスチャンが、クリスチャンの上に立って、権力を振るう状態は、世界の法的な立場と矛盾する。
紀元70年以降、クリスチャンは世界の王であり、ノンクリスチャンを支配する立場にある。
しかし、これは、法的な現実であり、実際的なそれではない。
アパートの所有権を得ただけでは、実際に所有したことにならないのと同じである。
たとえば、まだ住民が出て行かないので、そのアパートを取り壊して、その土地に新しいマンションを建設する計画があるのに実行できない。
現在、法的にクリスチャンは世界の王であるが、実際にはノンクリスチャンが支配している。
ノンクリスチャンに聖霊の一般恩恵が働いて、善政を行っている間はよいが、神はそのような状態が一時的であると考えておられるので、途中で一般恩恵を停止されることがある。
その場合、クリスチャンは驚いてはならない。
「ああ、やはり、われわれが統治しないとダメだな」と思わねばならない。
なぜならば、神は世界をわれわれに委ねられたからである。
「地を従えよ」と命令されたのは、堕落前のアダムであった。
アダムが失敗したので、キリストが神の試験に合格し、地上の支配者になられた。
教会(エクレシア)は、キリストの体であり、クリスチャンはキリストの権力代行者として立てられている。
それゆえ、この命令は、キリストにつくクリスチャンに再度与えられた。
ノンクリスチャンによる失敗は、クリスチャンへのバトンタッチの予兆である。
神は、われわれを世界支配に召しておられる。