老婆心ですが、「この3年半後、つまり、74年頃にイエスの再臨があり、その際に携挙が行われたのではないだろうか。」というと、フルプレテリズムを否定する過去の投稿を見ていない人たちは、ここだけ見て富井先生はフルプレテリストだと思ってしまうかもしれません。疲れる話でスミマセン。老婆心です。。。
フルプレテリズム=二度の再臨を否定するプレテリズム。
パーシャルプレテリズム=二度の再臨を肯定するプレテリズム。
イエス・キリストの紀元70年頃の再臨を「世界の完全変革」を意味すると考えるのがフルプレテリズム。
そうではない、律法の「二度の聖め」の「一度目」であると考えるのが、パーシャルプレテリズム。
ダニエル書のこの箇所を紀元1世紀の出来事の預言と捉えると、プレ・ミレは粉砕されます。
しかし、「常供のいけにえが止む」「荒らす憎むべき者が聖所に立つ」はティトゥスによって成就してしまっていることも否定できません。
プレ・ミレが選択肢の中から排除されたら、残るはプレテリズムです。
しかし、もし紀元70年に完全再臨があったとすると、現在のわれわれの時代に悪霊が活動していることが説明できない。
フルプレテリズムは、マニ教やゾロアスター教と同じ善悪二元論です。
当然のことながら、パーシャルプレテリズム以外にはない、となります。