志の堅固な者を、あなたは全き平安のうちに守られます。その人があなたに信頼しているからです。(イザヤ26・3)
今回のウィルス騒動は、中国への裁きであるが、道義よりも商売を選んだ日本に対する裁きでもある。
中国関連の利権にこだわる二階ら親中派議員、そして彼らに日和った「無ポリシーの」安倍首相が、中国からの入国制限を早期に決断せず、水際で感染拡大を止めることができなかった。
以前から何度も言っているように、悪者の周りにはブラックホールが開いていて、彼らに近づけば近づくほど、その穴に吸い寄せられる危険度が増す。
知恵のある者は、法輪功信者を殺し、その腎臓を売ったり、彼らの死体を使って人体標本展で稼ぐ国とわかった時点で、関係を断つ。
それによって経済的損失が生じても、付き合ったことによって裁きに巻き込まれる損失よりもはるかに軽い。
中国は、今にもナイヤガラの滝壺に落ちそうなところにいるボートである。
そんなボートにいくら金銀財宝が積まれていても、近づく馬鹿はいない。
金銀財宝を得ても滝壺に一緒に落ちたら元も子もない。
悪業を積んでいる国や人は、すべてこのような状態にある。
神を侮る人々は、「神は裁かない」と勝手に決め込んでいるから、悪を行う人々の仲間になる。
安倍首相にはポリシーがない。柱がない。人生において学ぶべき教訓を学んでこなかった。
聖書には、悪人と付き合ってドツボに落ちた話がたくさんある。
ユダは金に目がくらんで、パリサイ人の仲間になり、イエスを裏切り、自殺した。
国民のために仕事をすべき政治家や官僚が、中国や米国のために働き、国民を苦しめるならば、神から「わたしの代理者として失格だ」と言われ、あるときからすべてが裏目、裏目に出るようになる。
神が定められた道を踏み外す人は、無数の苦痛を味わう。
信仰がないと、目の前の人間や組織がやたらに大きく見える。
信仰があれば、人間を過大評価しない。
「ああ、単に今、神が権力や財力を与えているから、いばってられるんだ。神の御心が変わればすぐにダメになるだろう」と思える。
しかし、信仰がない人は、目先の力を恐れて正義を行えない。
共産主義者は無神論者なので、目に見える力しか信じない。
神を恐れないから、非常に堕落したことを行える。
結局、勝つのは、神の側に立つ人である。
人の目を恐れず、正義を行える人である。
中国の工作員がYouTubeの動画で、日本人の気を挫こうとやっきになっている。
「もう日本は終わりだ」「日本人は無力だ」とさかんに刷り込みを行っている。
こういう言葉は、悪魔から出ている。
悪魔は、荒野において神の民にこのような気を挫く言葉を吹き込み、彼の道具たちに言わせ、民を惑わした。
「志の堅固な者」は、神「に信頼している」。
その人は「神は正義を行う者を絶対に支え、守り、勝利させてくださる」と堅く信じている。
それゆえ神は、その人を「全き平安のうちに守られ」る。
・・・疑う人は、風に吹かれて揺れ動く、海の大波のようです。
そういう人は、主から何かをいただけると思ってはなりません。
そういうのは、二心のある人で、その歩む道のすべてに安定を欠いた人です。(ヤコブ1・6-8)
「疑う人は、風に吹かれて揺れ動く、海の大波のよう」である。
海は常に動いている。
風が吹くと、その吹いた方向に動く。
内容を精査せずに「新しいムーブメント」にすぐに飛びつく。
人間的な権威が何かを言うと、信じてしまう。
自分の行動に首尾一貫性がない。
信念がないので、人の言動に動かされる。
そういう人の特徴は、「二心」である。
自分が利益を得られれば、どんな神でも信じる。
その場その場で、違う神がいてよいと思っている。
都合が悪くなると、それまで信じていた神を捨てる。
こういう二心のある人は「その歩む道のすべてに安定を欠い」ている。
常にぐらついている。自信がない。
「そういう人は、主から何かをいただけると思ってはなりません」。
主は、不安定な人、信念のない人には何もお与えにならない。
安倍や二階や菅を見るにつけ、非キリスト教ではだめだとつくづく思う。
強くて、金をくれれば、人殺しを平気でやる中国にでもホイホイついていく。
トランプやペンスは、「中国は邪悪だから、拒絶する」と自信をもって語り、行動している。
日本は侍の国だ。
戦後教育は、日本人を腑抜けにした。