自分のいのちを救おうと思う者は、それを失い、わたしのために自分のいのちを失う者は、それを救うのです。(ルカ9・24)
1.
傲慢な者は、良識ある多くの者が首をかしげるようなことを強行する。
誰が忠告しても止めない。
完全に「末期症状」である。
審判の直前の様相を呈している。
とくに、御言葉を預かる者の忠告に耳を貸さなくなったら滅亡が間近に迫っていると見てよい。
2.
幸いなことよ。悪者のはかりごとに歩まず、罪人の道に立たず、あざける者の座に着かなかった、その人。
まことに、その人は主のおしえを喜びとし、昼も夜もそのおしえを口ずさむ。
その人は、水路のそばに植わった木のようだ。時が来ると実がなり、その葉は枯れない。その人は、何をしても栄える。
悪者は、それとは違い、まさしく、風が吹き飛ばすもみがらのようだ。
それゆえ、悪者は、さばきの中に立ちおおせず、罪人は、正しい者のつどいに立てない。
まことに、主は、正しい者の道を知っておられる。しかし、悪者の道は滅びうせる。(詩篇1・1-6)
「幸いなことよ。悪者のはかりごとに歩まず、罪人の道に立たず、あざける者の座に着かなかった、その人。」
中国というナチスを遙かに超える悪行をなしてきたならず者を国賓として招く。
これは、「悪者のはかりごと」である。
政府は、邪悪な計画を立てた。
そして、中国と手をたずさえて歩くために「罪人の道に立」った。
そして、そのような行為をやめるように忠告する者を、門前払いした。
政府は、「あざける者の座に着」いた。
日本政府は、中国と付き合うことによって「悪者」となった。
悪者の運命はどのようなものだろうか。
「風が吹き飛ばすもみがら」であり、その「道は滅びうせる」。
もし政府が、中国と縁を切って、義の道を選択していたら、「水路のそばに植わった木」のようになれただろう。
しっかりと根を張り、水分を十分に補給されているので、「時が来ると実がなり、その葉は枯れず」、「何をしても栄え」ただろう。
しかし、政府はそのような道を選択しなかった。
政府の後押しをする財界も悪の道を選択した。
今後、政府も財界も、神がともにいないので、どんなに努力しても、空回りするだろう。
根をはっていないので、水分が足りず、干からびて「もみがら」のようになる。
軽くなったので、外部からの刺激ですぐに飛ばされ、消えてしまう。
3.
前にも述べたように、洋服の第一ボタンを掛け違えると、全部やりなおしになる。
われわれにとって第一ボタンとは何か。
「神の法」である。
神はホレブの山で、自ら石板を作り、そこにご自身の指で十戒を記された。
つまり、十戒は、人間が絶対に守らなければならない不変の掟である。
中国は、移植用臓器を取るために、無実の人々を殺している。
臓器を健康なままにしておくために、脳だけを殺す脳死マシーンというものを考案した。
神の法をこれだけ無視する政権が歴史上存在しただろうか。
安倍政権は、このような中国の実態を知りながら、中国と仲良くなろうとしている。
財界が中国との取引で金を稼いでも、その金は血で塗られている。
祝福されるわけがない。
安倍政権は、悪者の道を選択し、自滅に向かい始めた。
あまりにも傲慢なので、もはや誰の忠告も聞かない。
私は人生の中でこのような傲慢に陥った人が、自分を滅ぼすのを何度も見てきた。
4.
自分を救うために不義を選択すると、かえって自分を滅ぼす。
本当に助かりたいならば、自分を捨てるべきである。
中国の顔色をうかがって中国からの旅行者を拒まないから、外国から「危機管理ができていない」と見られ、「日本を中国と並んで感染国として扱おう」と考える国が出始めている。
金儲けを道徳に優先する国は、逆に金儲けできない。
5.
このような選択をする安倍晋三を支持する人は、彼と同じ運命を辿る。
今後、自分に災難につぐ災難、失敗につぐ失敗が襲ってきても、文句を言えない。