「唯一神信仰は、多神教が進化した結果」という俗説は、誤りである。
”一神の概念がこのような精霊崇拝からの進化に過ぎないのであれば、一神崇拝以前に多神崇拝が発見されねばならない・・・。実際に見つかるものは、この逆であり、一神教は、神学において辿ることのできるものの中で、最初の段階である。”(近代エジプト学の父、フリンダース・ペトリー、1908年)
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つまり、まず最初に多神教があり、それが徐々に一神教に進化したという一般に流布している説には、根拠はない。
オックスフォード大学のジョージ・ローリンソン教授は次のように断言している。
歴史的な調査によれば、古代において、唯一神信仰は、至る所に、もしくは、ほとんど至る所に存在した。文明的な民族だけではなく、野蛮な民族においてもそれがあった。唯一神信仰は、それを破壊しようとした多神教の下敷きになっており、言語と思想を支配し続けていた。時折現れたその卓越した主張者も「私はそれを発見した」と一度も告白しなかった。(同上)
多神教は、一神教が堕落した結果である。
人間は、本能的に「唯一の神を知っている」。
落下する飛行機の中で「神様!」と叫ぶ人々の脳裏に七福神が浮かぶことはない。
人々が真の神を否定しているのは、「考えないようにしているから」に過ぎない。
多神教を信じる唯一の動機は「自分の願望を優先したい」である。
神がお一人であるという事実は、自分の願望の実現を妨げる。
領域領域において、それぞれ別個の神々を作り出せれば、自分の相矛盾する行動を正当化できる。
つまり、「悔い改めたくない」のである。
自分を変えたくないので、神を変える。
これが、人々が多神教を信じる理由である。