アフガニスタンで殺害された中村医師の言葉:


日本は、軍事力を用いない分野での貢献や援助を果たすべきなんです。現地で活動していると、力の虚しさ、というのがほんとうに身に沁みます。銃で押さえ込めば、銃で反撃されます。当たり前のことです。でも、ようやく流れ始めた用水路を、誰が破壊しますか。緑色に復活した農地に、誰が爆弾を撃ち込みたいと思いますか。それを造ったのが日本人だと分かれば、少し失われた親日感情はすぐに戻ってきます。それが、ほんとうの外交じゃないかと、僕は確信しているんですが。
具体的に、リアルに、何よりも物理的に、僕らを守ってくれているものを、なんで手放す必要があるんでしょうか。危険だと言われる地域で活動していると、その9条のありがたさをつくづく感じるんです。日本は、その9条にのっとった行動をしてきた。だから、アフガンでも中東でも、いまでも親近感を持たれている。これを外交の基礎にするべきだと、僕は強く思います。
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「ようやく流れ始めた用水路を、誰が破壊しますか。緑色に復活した農地に、誰が爆弾を撃ち込みたいと思いますか」

中村氏は「人間は堕落していない」という宗教(ヒューマニズム)の信者である。

彼は創世記3章を無視している。

もしアダムとエバが堕落せず、人間が「生まれながらに御怒りを受けるべき子」でないとすると、「ようやく流れ始めた用水路を破壊」する人はいないだろう。「緑色に復活した農地に、爆弾を撃ち込」もうとする人はいないだろう。

しかし、アダムとエバは堕落し、その子孫は生まれながらに堕落している。

これこそが世界の現実であり、それなるがゆえに、キリストは受肉され、十字架で贖罪の御業を成し遂げられた。

中村氏の宗教では、キリストは不要である。

人間は、贖われる必要はない。

ヌーディスト思想と同じである。

「人間は裸の状態で善である」と。

しかし、聖書は「人間が裸の状態で善であったのは、誘惑に負ける前である」と教えている。

誘惑に負けて罪を犯してからは「裸の状態が悪となった」。

それゆえ人間は、犠牲の動物の毛皮を着なければならなくなった。

神は彼らに毛皮を着せられた。

憲法9条は、「人間の堕落の事実を無視する法律」である。

クリスチャンは、憲法9条に反対すべきである。

「人間は、裕福な生活をしている人を妬み、財を奪い取ろうとする」と認識すべきである。

創世記3章を認めるならば、侵略に備えなければならない。