あの青銅の蛇は
 青銅=裁き
 蛇=サタン
 燃える蛇=サタンは火の池へ
 旗竿=十字架
で、全体として、イエス様の十字架でサタン/罪が裁かれた、だからイエス様を信じて十字架を仰ぎ見れば救われる、と解釈していましたが、蛇=イエス・キリストなのでしょうか?


「燃える蛇」と訳されている箇所は、nachash seraphと2つの「蛇」を表す言葉の連語になっており、前者nachashは創世記3章にも出てくる「蛇」を表す言葉で、後者seraphは「毒蛇」という意味です。
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seraphの複数形seraphimは、6枚の羽を持つ炎の様に飛ぶ天使セラフィム(イザヤ6・2)を表すので、燃える蛇は「毒蛇の姿で派遣された御使い」と解釈できます。

つまり、この蛇は、人々を罰するために神に派遣された一種の御使いなので、必ずしもサタンを象徴するとは限らないと思います。

青銅nechoshethは、奇妙なことに、蛇nachashと子音字のN-CH-SHの部分が同じです。韻を踏んでいるのかもしれません。

青銅は、Strong's Exhaustive Concordanceによると、裁きの意味はありません。

あったとしても「無慈悲な空」を象徴する場合だけです。

金は太陽を、銀は月を、銅は大地を象徴することから、「土から作られた人間」として救いのために来られたセラフィムであるイエスを示すのではないかと思います。

旗竿が「十字架」を象徴することはヨハネ3・14から明らかです。

(まとめ)

1.総合して言えば、民数記のこの箇所において現れた「蛇」はサタンを表すのではなく、「裁きの御使い」を表す。

2.青銅の蛇は、神に使わされた「十字架上の受肉したキリスト」を象徴する。

(ちなみに)

飛鳥氏によると、伊勢神宮の外宮の地下にある天御量柱(あめのみはかりのはしら)は「旗竿に巻き付いた蛇」であるといいます。