1.

裏庭に、無限に水を汲み出せる水源がある家を考えよう。

どれだけくみ上げて使っても誰にも文句は言われない。

くみ上げの基準は「一家にとって必要かどうか」だけである。

風呂を炊く場合、水が一杯になってあふれ出しても意味がないので、蛇口の水量を適度に調節する。

逆に、バスタブの3分の1しか入ってないと炊いても意味がないので、その場合、水を自由に足して同様に調節する。

通貨発行もこれと同じである。

日本には、日本円を無制限に発行する権利がある。

通貨発行権とは、無尽蔵の金鉱を持っているようなものである。

発行量の調整の基準は「国民にとって必要かどうか」だけである。

現在、国内はデフレである。

デフレとは、円の流通量が不足している状態。

前の例で言えば、バスタブに水が足りない状態である。

さて、このような状態のときに、何をすべきか。

もちろん、蛇口をひねって水を足すことである。

水源は無限にあるので、いくらでも気兼ねなく足せる。

蛇口をひねれば水が無限に出てくるのに、それをせずに、家族のメンバーに「お前たちが持っている水を集める。各自ペットボトルや水筒を出せ」という人がいるだろうか。

それをやろうとしているのが、今の政府の増税策である。

通貨発行権という無尽蔵の財源があるのに、それを利用せずに、国民から集めようとしている。

通貨発行権がある国で徴税など意味がないのである。

2.

「政府が必要に応じて通貨を発行して、必要な経費をまかなえばよい」というと、「ハイパーインフレになる」と言う人がいる。

これは、「蛇口から水を無限に出す権利を与えると、バスタブから水が溢れて家中が水浸しになる」と心配するようなものである。

馬鹿じゃないんだからバスタブの水量くらい調節できる。

「いや、ジンバブエの例がある」というかもしれないが、ジンバブエの政府は馬鹿なのである。

バスタブの水を溢れさせて家を水没させたのである。

心配すべきは、逆の現象である。

つまり、バスタブの蛇口から水を無限に出せるという事実を忘れて、バスタブの水が足りなくて、風呂に入れなくなることである。

政府が、「通貨発行権は『無尽蔵の金鉱』である」という事実を知らないため、通貨発行を渋って、デフレになっている。

3.

「将来にツケを残すな」と言って財務省が消費税の増税を主張している。

彼らも通貨発行権が「無尽蔵の金鉱」であることを理解していない。

このような金鉱がある国で、なぜ「政府負債」を心配する必要があるだろうか。

無限に水が出てくる蛇口を持つ家で、バスタブに水が足りないことを心配する人が馬鹿なように、財務省も馬鹿なのだ。

4.

くどいようだが、通貨発行権を持つ国において自国通貨を発行する量の調節の基準は「インフレとデフレの抑制」だけである。

無限の水が出る蛇口を持つ家で水量調節の基準は「我が家にとって必要かどうか」だけであるのと同じ。

出し過ぎて水没したり、足りなすぎて渇水しないように、適度に調節することだけが、政府の仕事である。

「昨日は水を出し過ぎたから、今日はバスタブの水は半分にしよう」などと考えるのは「無尽蔵の水源」を持たない家だけ。

このように、今の政府の間違いは「通貨発行権は無尽蔵の金鉱である」という事実認識がないこと。

5.

「インフレとデフレの抑制」だけが基準であるというと、外国為替はどうする、という疑問があるかもしれない。

通貨発行量が増えると、円貨の量が増えるので、相対的に外貨に対して価値が下がり、円安になる。

外貨でしか買えない石油や天然ガス、原料などの調達が難しくなる。

株式などの債権の価値も下がるので、外資の引き上げが起きる。

投機筋による投げ売りによって、円の大暴落が起きるかもしれない。

それは、モノやサービスの供給能力が低い国だけ。

不景気になると、売り物がない店から潰れていくように、産業力が乏しく、際立った売り物がない国は通貨安になると危険。

しかし、日本は供給能力が過剰で、産業力もあり、他国では生産できない付加価値の高い商品を提供でき、しかも保有外貨量が世界トップレベル。

リーマンショックや大震災があっても、円安になるどころか、逆に円が買われるような状況である。

ハイパーインフレを心配するような国ではない。

だから、日本政府はインフレよりもデフレを懸念し、通貨発行を「国内で必要な分だけ」どんどん行い、財政出動して仕事を作れ、と言いたい。