私たちは御使いをもさばくべき者だ、ということを、知らないのですか。それならこの世のことは、言うまでもないではありませんか。(1コリント6・3)
クリスチャンは、御使いよりも権威がある。
霊界の存在をも動かす権威がある。
「さばく」と訳されているκρινουμενという言葉は、未来時制も現在時制と同形なので現在とも取れる。
文脈からすると現在と取るべきと考える。
つまり「あなたがたは現在、御使いをも裁いているので、この世のことはもちろん裁くべきだ」と。
未来と解釈すると、意味があいまいになる。
「あなたがたは将来、御使いをも裁くことになるので、この世のことももちろん裁くべきだ」。
意味がわからない。
ここでパウロは「今、霊界の存在をも裁けるのであるから、地上界の存在を裁くことができるのは当然だ」ということを言いたいのである。
「現在、霊界の存在を裁ける」という教えは、他の箇所からも裏付けることが可能である。
病人をいやし、死人を生き返らせ、ツァラアト(らい病)に冒された者をきよめ、悪霊を追い出しなさい。あなたがたは、ただで受けたのだから、ただで与えなさい。(マタイ10・8)
イエスは、弟子たちに「悪霊を追い出せ」と命令された。
われわれは、同じ一つの教会(エクレシア)に属し、弟子たちと同じ御霊と権威を与えられているので、われわれも悪霊を追い出すことができる。
まことに、まことに、あなたがたに告げます。わたしを信じる者は、わたしの行なうわざを行ない、またそれよりもさらに大きなわざを行ないます。わたしが父のもとに行くからです。(ヨハネ14・12)
イエスがすでに父のみもとに行かれた現在、われわれ「イエスを信じる者」は「イエスの行うわざを行い、またそれよりもさらに大きなわざを行う」ことができる。
イエスは悪霊を追い出されたので、われわれも悪霊を追い出すことができ、イエスご自身よりも大きな悪霊追い出しができる。
ディスペンセーション主義者は、「イエスが再臨されたら、ものすごいことを行ってくださる。今、われわれは無力だが、そのときは驚くべきことを行える」と説くが、聖書はそのようには言っていない。
「イエスが昇天されたら、イエスよりも大きなことを行える」と教えている。
イエスが地上におられるよりも、イエスが天上におられるほうが、クリスチャンの力は増すのである。
なぜならば、イエスは天の王座に着かれたからであり、イエスの代わりに御霊がわれわれとともにいてくださるからである。
イエスが地上におられる間、まだイエスは正式には王座に座っておられない。
しかし、昇天後、正式に王座に座られたので、権威が違うのである。
われわれには、天地の王となられたイエスの権威がある。
さらに、ペンテコステ以降、御霊が下られたので、クリスチャンには神が内住されている。
ものすごいことではないか。
われわれの体の内には神がおられる。
この2つの驚異的な状況のゆえに、クリスチャンは、イエスの時代よりも大きなことが行えるようになった。
われわれは、イエスのみ体である教会の一部であり、それゆえ、地上におけるイエスの権力代行者である。
法的にはすでに天の王座に座っている。
(神は)キリスト・イエスにおいて、(あなたがたを)ともによみがえらせ、ともに天の所にすわらせてくださいました。(エペ2・6)
このように、聖書によれば、われわれは、世界の王であり、霊界の存在をもコントロールできる存在である。
われわれが自分に備わっているパワーを利用するためには、信仰がなければならない。
クリスチャン同士で裁判をやることは、この世の権威のほうが上位にあると告白することであるから、不信仰である。
不信仰な者がこのパワーを利用できるはずがない。
素直に信じる人は、驚くべきパワーを発揮する。
世界情勢は、われわれの祈りのとおりに進んでいる。
フリーメイソン・イルミナティの滅亡を祈ると、彼らは力を失ってきた。
中国の滅亡を祈ってきたが、文字通り破滅の危機に瀕している。
韓国が基地外沙汰を行うように祈ったら、今日の状況である。
祈れば世界は変わる。
不信仰を追い出して、聖書の御言葉をまるごと信じてほしい。
私は、何事についても心配しない。
神は祈ると与えてくださると信じているからである。
続けて、中国の滅亡、フリーメイソン・イルミナティ(ディープステート)の滅亡、財務省への呪い、左翼勢力の撲滅、全世界の悪魔崇拝者の滅亡、日本における悪魔の支配の終焉を祈ってください!