1. 

日本には南北イスラエルの全部族がやってきた。なぜか。 
イエスにおいて「イスラエルの栄光は回復した」のだから。 
イエスは、イスラエルにとってメシアであった。 
メシアとは、栄光のイスラエルを回復する救い主である。 


「主は、ヤコブの栄えを、イスラエルの栄えのように回復される。――かすめる者が彼らをかすめ、彼らのぶどうのつるをそこなったからだ。」(ナホム2・2) 

「イスラエルの神、万軍の主は、こう仰せられる。『わたしが彼らの繁栄を元どおりにするとき、彼らは再び次のことばを、ユダの国とその町々で語ろう。『義の住みか、聖なる山よ。主があなたを祝福されるように。』」(エレミヤ31・23) 


もしイエスが来臨しても、イスラエルを一つにまとめず、国を再興しなかったとすれば「イエスは律法と預言者を成就するために来た」(マタイ5・17)という御言葉は成就しなかったことになり、それゆえイエスの来臨は失敗したと結論する以外にはなくなる。 
しかし、イエスは十字架上で「完了した」と言われ、息を引き取られた。 

「イエスは、酸いぶどう酒を受けられると、『完了した』と言われた。そして、頭をたれて、霊をお渡しになった。」(ヨハネ19・30) 

「完了した」という言葉テテレスタイは「成就した」という意味を持つ。 
つまり、イエスにおいて「律法と預言者」つまり「旧約聖書」はすべて成就したのである。 
それゆえ、旧約聖書において預言された栄光のイスラエルの回復は成就した。 

2. 

では、栄光のイスラエルとは今日何か。 
エクレシア(教会=神の民の群れ)である。 


「どうか、この基準に従って進む人々、すなわち神のイスラエルの上に、平安とあわれみがありますように。」(ガラテヤ6・16) 


新約時代において、イスラエルとは「この基準に従って進む人々」なのである。「この基準」とは「信仰義認」である。 
つまり「行いによるのではなく、信仰のみによって義と認められる」と信じる人々は、みな「神のイスラエル」なのである。 

信仰義認の教理を信じる人は、ユダヤ人であろうが、ギリシャ人であろうが、アメリカ人であろうが、日本人であろうが、すべて「神のイスラエル」である。 

3. 

無千年王国説や後千年王国説のクリスチャンは、このエクレシアの成立をもって「栄光のイスラエルの回復」と考える。 
しかし、回復とは、それだけなのだろうか。 
旧約時代、メシアを待ち、国民としてのイスラエルの栄光が回復されることを待ち続けた「民族的イスラエル人(つまり、ユダヤ人クリスチャン)」のことを忘れていないだろうか。 
紀元70年の神殿崩壊以降、民族的イスラエル人は、土地を失ったままである。 
これに対して、シオニストは「イエスは土地を回復しなかったのでメシアではない」という。 
そして「将来、イエスではない別のメシアが現れて、イスラエルに土地を与え、世界を支配させてくださる」と唱える。 
現在、彼らが推進している世界政府運動とは、実は「偽メシアを王とするイスラエル人による世界支配運動」なのである。 
このシオニズム運動における神とは「ルシファー(つまりサタン)」であって、それゆえ、これを聖書の運動と呼ぶことはできない。 
「イエス以外にメシアはいない」というのが新約聖書の主張であり、サタンはイエス以外のメシアを立てようとしている。 
父なる神はイエスについて「これは、わたしの愛する子、わたしはこれを喜ぶ」と言われた。 


「また、天からこう告げる声が聞こえた。『これは、わたしの愛する子、わたしはこれを喜ぶ。』」(マタイ3・17) 


5. 

残念なことに、民族的イスラエルの回復を期待するクリスチャンたちは、シオニストに騙されて、彼らとその偽メシアの国である現在のイスラエル国を支援し、意図せずしてルシファー崇拝者になっている。 
真に聖書的な「民族的イスラエルの回復」思想が必要である。 

6. 

もしイエスが旧約聖書を成就したのであれば、民族的イスラエルも回復していなければならず、彼らに土地が「当時」与えられていなければならない。 
私は、それは日本であると考える。 
江上波夫東大教授によれば、「紀元2世紀に原始キリスト教徒が来日した」。 
紀元前3世紀に、ペルシャ帝国によって解放された離散ユダヤ人徐福が来日して物部氏の祖となり、「動物犠牲を行う神道」を開始した。 
紀元後に来日した秦氏が「動物犠牲を行わない神道」を開始し、禰宜を派遣して物部氏の動物犠牲を止めさせた。 
物部氏は秦氏が同族であると確認し、王権を委譲し、大和朝廷が始まった。 
物部氏は旧約の信仰を持ち、秦氏は新約の信仰を持っていた。 
つまり、動物犠牲はイエスの十字架を象徴するものであるため、イエスが犠牲となってからは、動物犠牲は不要となったので、秦氏は止めさせたのである。 

7. 

徐福が来日する前に、日本列島には、ユダヤ人と同じ遺伝子(YAP遺伝子)を持つ縄文人がいた。おそらくアララテ山に降り立ったノアの箱舟から出た(ユダヤ人の先祖である)ヘブル人の一部が山の麓の地ハランを発って東進し、日本列島にたどり着いたのであろう。 
アブラハムの言葉によれば、ハランにはカナン人がいなかったので、日本列島にやってきた人々にもカナン人は含まれていなかった。 
それゆえ、ユダヤ人にとって日本列島は理想郷として記憶されていたのではないだろうか。 
そして、徐福以前にも、捕囚から解放された人々が集団で日本列島に入っていたのではないか。 

8. 

日本列島が「民族的イスラエルの回復の地」であるならば、南北イスラエルの全部族がそろっていたはずである。 
その証拠に、皇室の紋章には南北イスラエルと同じように獅子と一角獣と、12匹の獅子が描かれている。

 

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