なぜパーシャルプレテリズム(部分過去派)だけが正統な終末論なのだろうか。
フルプレテリズム(完全過去派)については、「フルプレテリストが個人攻撃を始める理由」で示した理由でその誤謬は明らかである。
では、非プレテリズム(未来派)はどうだろうか。
非プレテリズムとは、黙示録のほとんどはまだ成就していないとする説である。
1.もし黙示録のほとんどがまだ成就していないと考えると「なぜヨハネは、直接の読者が理解できないことを手紙として小アジアの7つの教会のクリスチャンに書いたのか?」という疑問に答えられなくなる。
聖書解釈の基本は「直接の読者が読んでも理解できないようなことは書いていない」である。
もし「666」の数字がヒトラーや毛沢東、スターリン、もしくは、将来現れると言われる反キリストのものであれば、なぜヨハネは、紀元1世紀のクリスチャンに対して「数えよ」と言ったのか。
ここに知恵がある。思慮ある者はその獣の数字を数えなさい。その数字は人間をさしているからである。その数字は六百六十六である。(黙示録13・18)
「数えよ」というからには、ヨハネは紀元1世紀の小アジアの7つの教会の読者が悟れるような人物を想定していたのである。
もちろん、この666は、ネロである。ヘブル文字に割り当てられている数字を足すと、皇帝ネロを表すNRWN QSRは666になる。

写本によっては616のものもあるが、それはラテン文字NRW QSRの場合である。

これで、ヨハネが意図していたところは明らかである。
この数字を示された読者は、誰のことか察知したはずである。
2.
もし黙示録の大半が当時の読者と無関係な出来事であるならば、ヨハネはなぜ「すぐに」起きると言ったのか。
なぜその手紙の中でイエスは「すぐに来る」と言われたのか。
イエス・キリストの黙示。これは、<すぐに>起こるはずの事をそのしもべたちに示すため、神がキリストにお与えになったものである。そしてキリストは、その御使いを遣わして、これをしもべヨハネにお告げになった。
だから、悔い改めなさい。もしそうしないなら、わたしは、<すぐに>あなたのところに行き、わたしの口の剣をもって彼らと戦おう。
わたしは、<すぐに>来る。あなたの冠をだれにも奪われないように、あなたの持っているものをしっかりと持っていなさい。(黙示録1・1、2・16、3・11)
手紙の読者に対して「すぐに」と言って警告した場合、読者の生存時期内に起きると考えなければ、その語った本人はウソをついた、と判断すべきである。
わたしは、すぐにあなたのところに行き、わたしの口の剣をもって彼らと戦おう
ここで「あなた」と言われるのは、紀元1世紀の小アジアの7つの教会のクリスチャンである。
イエスは、彼らに対して「わたしの口の剣をもって彼らと戦おう」と約束された。
黙示録のこの預言がまだ起きていないと考えるならば、イエスはここで「カラ約束」をしたということになる。
非プレテリズムは、間接的にイエスを詐欺師と言っている。
そして、この手紙が聖書に含まれ、二千年間クリスチャンに受け継がれてきたのであるから、「聖書には誤謬がある」と結論せざるをえなくなる。
非プレテリズムは、聖書信仰をも破壊する。
3.
非プレテリズムは、黙示録20章の千年王国をも未来に起きるとするので「現在の世界はキリストの千年王国ではない」と考えざるをえない。
カルヴァンは、この千年王国を「戦う教会」と解釈した。
宗教改革の主流派陣営は千年王国をそのように解釈してきた。
イエスは「天地において一切の権威が与えられた」と述べ、聖書は一貫して「イエスは神の右の座に着かれた」と証言している。
罪に定めようとするのはだれですか。死んでくださった方、いや、よみがえられた方であるキリスト・イエスが、神の右の座に着き、私たちのためにとりなしていてくださるのです。(ローマ8・34)
そして、クリスチャンも「天の所に座っている」と教えている。
(神は私たちを)キリスト・イエスにおいて、ともによみがえらせ、ともに天の所にすわらせてくださいました。(エペ2・6)
ペテロはクリスチャンを「王である祭司」と呼んだ。
しかし、あなたがたは、・・・王である祭司・・・です。・・・(1ペテロ2・9)
聖書によれば、今がキリストの千年王国なのである。
クリスチャンの体は、御霊の住まう神殿であり、世界の中心である。
「まだ再臨がないので、キリストの王国はまだ到来していない」と言ってはならない。
4.
このように非プレテリズムは、誤謬である。
われわれは、プレテリズムを信じなければならない。
しかし、フルプレテリズムは間違いである。
となれば、パーシャルプレテリズムしか残っていないということになる。
パーシャルプレテリズムだけが真の終末論である、とご理解いただけただろうか。