嫌煙運動、禁酒運動、菜食主義など、神が食用のために創造したものを禁止する運動は「例外なく」悪魔に由来する。
「しかし、御霊が明らかに言われるように、後の時代になると、ある人たちは<惑わす霊と悪霊の教え>とに心を奪われ、信仰から離れるようになります。 それは、うそつきどもの偽善によるものです。彼らは良心が麻痺しており、 結婚することを禁じたり、食物を断つことを命じたりします。しかし食物は、信仰があり、真理を知っている人が感謝して受けるようにと、神が造られた物です。 神が造られた物はみな良い物で、感謝して受けるとき、捨てるべき物は何一つありません。」(1テモテ4・1-4)
これらの運動家たちは、「神が造られた物はみな良い物」であるとは限らない、と言っている。
タバコ、酒、肉は「良くない物」だと。
「食物は、信仰があり、真理を知っている人が感謝して受けるようにと、神が造られた物」である。
「感謝して受けるとき、捨てるべき物は何一つ」ない。
神が善と言っていることを、悪という。
これは「神からの善悪の決定権の奪取」であり、人類の根源的な罪である。
アダムとエバは「善悪の知識の木」から取って食べることによってこの罪を犯した。
いくらクリスチャンを自称しても、神が創造されたものを悪という人間に救いが適用されるわけがない。