そして人々に言われた。「どんな貪欲にも注意して、よく警戒しなさい。なぜなら、いくら豊かな人でも、その人のいのちは財産にあるのではないからです。」
それから人々にたとえを話された。「ある金持ちの畑が豊作であった。
そこで彼は、心の中でこう言いながら考えた。『どうしよう。作物をたくわえておく場所がない。』
そして言った。『こうしよう。あの倉を取りこわして、もっと大きいのを建て、穀物や財産はみなそこにしまっておこう。
そして、自分のたましいにこう言おう。「たましいよ。これから先何年分もいっぱい物がためられた。さあ、安心して、食べて、飲んで、楽しめ。」』
しかし神は彼に言われた。『愚か者。おまえのたましいは、今夜おまえから取り去られる。そうしたら、おまえが用意した物は、いったいだれのものになるのか。』
自分のためにたくわえても、神の前に富まない者はこのとおりです。」
それから弟子たちに言われた。「だから、わたしはあなたがたに言います。いのちのことで何を食べようかと心配したり、からだのことで何を着ようかと心配したりするのはやめなさい。(ルカ12・15-22)
自分のいのちを愛する者はそれを失い、この世でそのいのちを憎む者はそれを保って永遠のいのちに至るのです。(ヨハネ12・25)
おカネを貯めること自体は悪ではない。
しかし、それに頼り、それから安心を得よう、冒険を避けよう、新しいことを始めると危険があるからジッとしていよう、と考えることは悪である。
われわれに命が与えられたのは「リスクを冒して神の国を拡大する」ためである。
今の日本人のマインドはこの金持ちのように「貯め込んだおカネを失いたくない」という保守的なそれである。
「たましいよ。これから先何年分もいっぱい物がためられた。さあ、安心して、食べて、飲んで、楽しめ。」
イエスはこれを「貪欲」と評価された。
そして彼を「自分のためにたくわえても、神の前に富まない愚か者」と呼ばれた。
このようなマインドの人々を待っているのは「死」である。
おまえのたましいは、今夜おまえから取り去られる。
自分のためにのみ蓄えて、それを神の国のために使おうとしない人を待ち受けているのは「神の裁き」である。
せっかく蓄えたものは無駄になる。
近所に保育園が建つとわかると反対運動をする。
将来が不安なので「あまり使わないようにしよう」とする。
若者に奨学金を出し渋り、その学業を支援しない。
日本全体のことをまったく考えていない。
新しく起業する人々が減っているので、日本経済はじり貧になっている。
銀行も、起業家を応援せず「いくらいいアイデアがあっても、担保のない若者には貸さない」という。
そして、確実に利益が出る国債を買う。
そのために、政府負債が増えている。
「自分のいのちを愛する者はそれを失」うのである。
資産0からはじめて100になったら、101を目指さないと、0に戻る。
自分が獲得した地位を守ることにしか関心がなく、上を目指さなくなると、逆にその地位も失う。
上を目指さなくなった日本人は、今持っているものを奪われつつある。
リスクを冒すことを嫌う人は、自殺志願者である。
株式投資によって160万円を200億円にしたBNF氏は次のように言う。
”とんでもなく安い値段で買えると言う事実しか見ていなかった。他の要素は関係ない。
もちろん翌日さらに安くなる可能性はゼロではないけれど、そうしたら損するだけなんですよね。
実際それで損もしています。そういうリスクを取らないと、なかなかリターンがないので。”
リスクを恐れて何もしないと、リターンはない。
今の保守派は、左翼からの攻撃への対処に終始している。
自分に明確な目標がないからである。
「日本をこうしよう」という希望を失い「現状維持でいい」と思っているので、逆に中国などから攻撃されている。
現状維持の心とは、貪欲であり、悪である。
神はその悪を罰する。