1. 


神は、みこころのままに、あなたがたのうちに働いて志を立てさせ、事を行なわせてくださるのです。(ピリピ2・13) 


「神の国を建設したい」という願いを立てさせるのは神である。 

そして「事を行なわせてくださる」のも神である。 

つまり、全部、神の決定による。 

昨年、一時期、腰痛に悩まされた。 

パソコンの椅子に座ることもできない。 

運転もできない。 

神の許しなしには、われわれは何一つできない。 

裏返してみれば、われわれが一日行ったことは、神の許しの結果である。 

一瞬一瞬現れる現実は、神の「厳粛な決定の結果」であり、それゆえ、「絶対的な重み」がある。 

2. 

地形は、神が描かれた絵である。 

陸の限界を定められたのは、神である。 


(神は)海にその境界を置き、水がその境を越えないようにされた・・・(箴言8・29) 


絵を描くときに、そこに描かれた形は、「作者の意思の表現」である。 

どれだけ線を延ばすか、どこにどの色を塗るか。 

全部「作者の意思の表現」である。 

だから、世界地図も日本地図も、「神の意思の表現」である。 

われわれは、地形を「偶然の産物」と見てはならない。 

「神の意思の表現」なのであるから、地図は「神とはどのようなお方か」を表している。 

オウム真理教のマークを見ると悪霊を感じる。 

作者にあの形を選ばせた霊的な存在が透けて見える。 

欧州連合の議会は、バベルの塔に模して作られている。 

なぜバベルの塔の形を選んだのか。 

その中に働いている霊がバベルの塔の霊だからである。 

つまり、欧州連合にはバベルの塔を作ったのと同じ霊が働いている。 

絵にしろ、建築にしろ、曲にしろ、文章にしろ、部屋の模様にしろ、すべては「その作者の実体」の表現である。 

地形は、神がどのようなお方であるかを表現している。 

正確な測量技術がなかったときに描かれた地図はいびつであり、醜い。 

しかし、正確に描かれた地図は美しい。 

日本列島はとくに美しい。 

バランスが絶妙である。 

真ん中に富士山が配置されている。 

日本が特別な国として創造されたことがわかる。 

3. 

教会の葬式に出るといつも感じるのは「人生の厳粛さ」である。 

普段とは違う霊の働きがある。 

「自分に命が与えられたということが、どれだけ重大なことなのか」がわかる。 

当たり前のように過ぎて行く一日。 

一日のうちに起こるすべてが、神の許しのもとに起きるので、一日は神の作品である。 

どの日もすべて厳粛であり、尊い。 

その集大成である人生も、神の作品であり、厳粛であり、尊い。 

4. 

世界の歴史とは、神の作品であり、われわれ一人一人の人生は、その一部である。 

われわれは、大きな舞台の中の一人の役者である。 

「神の国のために働こう」と決定し、実行した人は、幸いな人。 

「神の栄光のために生きよう」と決定し、実行した人は、幸いな人。 

なぜならば、志を立てさせたのは神であり、それを実行させてくださったのも神であるから。 

神がわれわれを「神の側に立つ者」として作ってくださった。 

われわれを御国に永遠に住む者として選んでくださった。 

異端に走り、神の国を破壊する道に進んだ人々も、神の選んだ役者である。 

彼らは、永遠の呪いを受けべく創造された。 

残りの人生、神のために全力で働きたい。