1. 

「国は皆様の税金で成り立っています。」 

これは、ウソ。 

政府支出のために紙幣を印刷することは、国民から徴税したのと同じ効果がある。 

たとえば、偽札が犯罪なのは、商品に対してただの紙切れを対価として提供するから。 

偽札は窃盗と同じである。 

国による不換紙幣の印刷は、実質、徴税なのである。 

それゆえ、不換紙幣制の国における徴税は二重取り。 

2. 


イエスが舟から上がられると、すぐに、汚れた霊につかれた人が墓場から出て来て、イエスを迎えた。
この人は墓場に住みついており、もはやだれも、鎖をもってしても、彼をつないでおくことができなかった。 
彼はたびたび足かせや鎖でつながれたが、鎖を引きちぎり、足かせも砕いてしまったからで、だれにも彼を押さえるだけの力がなかったのである。 
それで彼は、夜昼となく、墓場や山で叫び続け、石で自分のからだを傷つけていた。 
彼はイエスを遠くから見つけ、駆け寄って来てイエスを拝し、 
大声で叫んで言った。「いと高き神の子、イエスさま。いったい私に何をしようというのですか。神の御名によってお願いします。どうか私を苦しめないでください。」 
それは、イエスが、「汚れた霊よ。この人から出て行け」と言われたからである。 
それで、「おまえの名は何か」とお尋ねになると、「私の名はレギオンです。私たちは大ぜいですから」と言った。 
そして、自分たちをこの地方から追い出さないでくださいと懇願した。 
ところで、そこの山腹に、豚の大群が飼ってあった。 
彼らはイエスに願って言った。「私たちを豚の中に送って、彼らに乗り移らせてください。」 
イエスがそれを許されたので、汚れた霊どもは出て行って、豚に乗り移った。すると、二千匹ほどの豚の群れが、険しいがけを駆け降り、湖へなだれ落ちて、湖におぼれてしまった。 
豚を飼っていた者たちは逃げ出して、町や村々でこの事を告げ知らせた。人々は何事が起こったのかと見にやって来た。 
そして、イエスのところに来て、悪霊につかれていた人、すなわちレギオンを宿していた人が、着物を着て、正気に返ってすわっているのを見て、恐ろしくなった。(マルコ5・2-15) 


先ほど、何気なく「悪霊よ、出で去れよ!」と祈ったら、ゾクゾクと全身が総毛立ち、霊が抜けて行くのがわかった。 

何の悪霊が入っていたのだろうか。 

身に覚えがない。 

しかし、知らないうちに入っていたのだろう。 

聖書の中の「ガダラの狂人」には2千匹の悪霊が入っていた。 

「何か気分が重いな」とか「イライラする」と感じたら、悪霊が原因かもしれない。 

「イエス・キリストの御名によって、縛る!」と祈らないと、また入ってくる。 

サタンは蛇に身をやつしてエデンの園に入り、エバを誘惑した。 

クリスチャンの体にだって、教会にだって入ってくる。 

ノンクリスチャンの体、政府機関、学校など世俗の組織は当然のことながら入っている。 

「増税しないとやっていけません」 

こういうウソを平気でつけるのは、国民を貧困にするために働く貧乏霊のなせるわざである。 

3. 

黙示録20章までは、すでに紀元70年以前に起きている。 

なぜならば、黙示録は小アジアに住む7つの教会のクリスチャンに向けて書かれた「手紙」だから。 


ここに知恵がある。思慮ある者はその獣の数字を数えなさい。その数字は人間をさしているからである。その数字は六百六十六である。(黙示録13・18) 


ヨハネを通じてイエスは「数えなさい」と誰に命令したのか。 

紀元1世紀の手紙の読者である。 

それゆえ、黙示録19章までの大患難は、紀元70年までに起きたと信じなければ「ならない」。 

ディスペンセーション主義が未来預言として解釈しているこれらの終末の記事は、「旧約のイスラエルと世界に対する裁き」についてである。 


また私は、御使いが底知れぬ所のかぎと大きな鎖とを手に持って、天から下って来るのを見た。 
彼は、悪魔でありサタンである竜、あの古い蛇を捕らえ、これを千年の間縛って、 
底知れぬ所に投げ込んで、そこを閉じ、その上に封印して、千年の終わるまでは、それが諸国の民を惑わすことのないようにした。サタンは、そのあとでしばらくの間、解き放されなければならない。 
また私は、多くの座を見た。彼らはその上にすわった。そしてさばきを行なう権威が彼らに与えられた。また私は、イエスのあかしと神のことばとのゆえに首をはねられた人たちのたましいと、獣やその像を拝まず、その額や手に獣の刻印を押されなかった人たちを見た。彼らは生き返って、キリストとともに、千年の間王となった。 
そのほかの死者は、千年の終わるまでは、生き返らなかった。これが第一の復活である。 
この第一の復活にあずかる者は幸いな者、聖なる者である。この人々に対しては、第二の死は、なんの力も持っていない。彼らは神とキリストとの祭司となり、キリストとともに、千年の間王となる。 
しかし千年の終わりに、サタンはその牢から解き放され、 
地の四方にある諸国の民、すなわち、ゴグとマゴグを惑わすために出て行き、戦いのために彼らを召集する。彼らの数は海べの砂のようである。 
彼らは、地上の広い平地に上って来て、聖徒たちの陣営と愛された都とを取り囲んだ。すると、天から火が降って来て、彼らを焼き尽くした。 
そして、彼らを惑わした悪魔は火と硫黄との池に投げ込まれた。そこは獣も、にせ預言者もいる所で、彼らは永遠に昼も夜も苦しみを受ける。(黙示録20・1-10) 


黙示録20章からは、紀元70年以降についてである。 

フルプレテリズムは、この千年もすでに紀元70年までに起きたと解釈するが、間違いである。 

いくらなんでも「千年」のタイムスケールを、ヨハネからの手紙を受け取ってから紀元70年までの10年未満に適用できるわけがない。 

カルヴァンは、この千年を「教会の戦いの時代」と解釈した。 

つまり、われわれが生きている時代である。 

ディスペンセーション主義の人々は次の箇所のゆえに、今が千年王国ではないと主張する 


「また私は、御使いが底知れぬ所のかぎと大きな鎖とを手に持って、天から下って来るのを見た。 
彼は、悪魔でありサタンである竜、あの古い蛇を捕らえ、これを千年の間縛って、 
底知れぬ所に投げ込んで、そこを閉じ、その上に封印して、千年の終わるまでは、それが諸国の民を惑わすことのないようにした。」 


「サタンが縛られている?この悪魔的な世界で?」と。 

たしかに現状を見ると、「諸国の民を惑わすことのないように」されていないと感じる。 

2つの可能性がある。 


(1) 

「いや、世界は惑わされていない。聖書が世界中に行き渡り、ネットで誰でも自由に読める時代になっているではないか。」という立場。 

(2) 

「文字通り紀元千年までは惑わされていなかった。しかし、十字軍なるシオニズム運動が開始されてから、サタンは活動を再開した。十字軍に端を発し、フリーメイソンやイルミナティ、タルムードユダヤ教徒たちがエルサレム奪還、イスラエルの建国、神殿を建てて、偽メシアを擁立しようとしてきた」という立場。 


私は、以前は(1)を採用していたが(2)の可能性もあると考える。 

ディスペンセーション主義を通じて、クリスチャンすらも騙されて、シオニストにされている。 

世界各国には、中央銀行が設立され、不換紙幣によって、国民は合法的に略奪されている。 

現在、世界は、エルサレムを中心とした世界政府樹立に向かって進んでいる。 

4. 

いずれにしろ、解放されたサタンができることは限られている。 


しかし千年の終わりに、サタンはその牢から解き放され、 
地の四方にある諸国の民、すなわち、ゴグとマゴグを惑わすために出て行き、戦いのために彼らを召集する。彼らの数は海べの砂のようである。 
彼らは、地上の広い平地に上って来て、聖徒たちの陣営と愛された都とを取り囲んだ。すると、天から火が降って来て、彼らを焼き尽くした。 


偽書「シビュラの託宣」では「ゴグとマゴグ」をモエシアとダキアとして描いている。 

これらの地域は、現在のブルガリアやルーマニアの地方であり、いわゆる東欧系ユダヤ人の故郷である。 

タルムードユダヤ教を信じる東欧系ユダヤ人は、ドイツを経由してアメリカに移民し、現在のハリウッドを作った。 


http://millnm.holy.jp/qanda4/39AR2VQHzbOxc59383.htm 

メディアが左翼によって牛耳られているのは、彼らシオニストたちが支配者だからである。 

クリスチャンに対する攻撃は「天からの火」によって「焼き尽くさ」れる。 

ディスペンセーション主義は「愛された都」をエルサレムと言うが、今のエルサレムを支配しているのは、シオニストとタルムードユダヤ人であり、イエスを十字架につけたことに賛同する人々である。 

これをエルサレムと解釈すると、シオニストの罠に巻き込まれる。 

もし日本が「真正イスラエル」であるとする私の理解が正しいならば、包囲する都は日本の首都である。 

それが東京であるのか、京都であるのか、それともほかの都市であるのかわからないが。 

タルムードユダヤ人たちが東京タワーとサンシャイン60、六本木ヒルズを皇居を囲む正三角形として建てたのは、この「包囲」を意味しているのかもしれない。 


 

 

 

2018年10月3日